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店名と事業計画を考えることは、理想と現実を往復すること

透明書店のオープンを追いかける「透明書店準備号」。今回は「透明書店」という名前に込められたコンセプト。そして資本金や事業計画についてお話ししています。

前回のあらすじ。前回は「会社設立は入籍に似ている」と、会社設立に対するリアルな気持ちを紹介しました。
前回までの連載はこちら

今回も、ライターの中前結花さんに取材していただきました。


ここfreeeのオフィスにも、たびたびお邪魔するようになりました。
毎回、本屋作りの進捗を聞くことができる、楽しい訪問。
広々とした打ち合わせスペースにも、ずいぶんと慣れてきたものです。

今日も、2022年の初夏からこの本屋作りに取り組んでいる、お二人に話をうかがいます。「星新一作品」を読むことで読書のおもしろさに目覚めた岡田悠さんと、小学生の頃は「図書館カード」を埋めていくのを楽しみにしていたという岩見俊介さんです。

並んでたつ岡田と岩見

スモールビジネスの骨子になる「コンセプト」

——ここまでお話をうかがい、「本屋さん」を始められる経緯や目的については、とてもよくわかりました。では実際に「お店を持つ」となると、スモールビジネスの第一歩として、どんなことから始めるものなのでしょうか?

岩見:
まずは去年の夏頃から、「どんな本屋にしたいか」というお店のコンセプトを考え始めました。1日中会議室にこもって、ホワイトボードを前に徹底的に話し合うことを3日ほどやってみました。

合宿の様子
お菓子を買い込んで籠り続けた3日間

岡田:
ただ、コンセプトだけを話していると、すぐに行き詰まってしまうんです。そこへ、具体的な予算や売上目標といった事業計画の話を持ってくると、すごくイメージが湧いてきました。実際にこれぐらいの広さであれば、これぐらいの冊数の本が置けるね、みたいな考え方をして、そこからコンセプトの話に戻ると、ぐっと話が進むんですよ。
改めて事業計画というのは、コンセプトを実際の体験に落とし込むために、非常に重要な存在だと気づかされました。

岡田が語る様子

—— では、お店の「コンセプト」を詰めていくことと、「事業計画」を練っていくこと。ふたつを、行ったり来たりしながら同時進行で進めていかれた。

岡田:
そうなりますね。そういうやり方で、深掘りしていきました。

岩見:
「アンチパターンを考える」といった方法も、互いの認識を共有できたり、イメージをより具体的にしてくれるな、と思いましたね。「こんな本屋はいやだ」「こんなことはしたくない」といった内容を自由に話してみるんです。
たとえば、freeeのロゴをバーンっと目立たせたり、freeeのサービスの窓口だと勘違いされてしまうような演出はしたくない。freeeで出版した本ばかりを並べた棚作りも違うよね、みたいなこともです。「世の中の人に、そんなふうに知られるのは避けたい」「じゃあ、どんな見せ方だっけ」「だったら、何を置くんだっけ」そんなふうに反転させると、会話がぐっと前進します。

岩見が語る様子

—— なるほど! それはたしかに具体的なお話が膨らみそうですね。

岡田:
独立系書店の中には、あえて行きづらい場所にお店を構えることで敷居を高くして、「本好きにこそ来てほしい」といったスタイルで経営しているところもあったりするんです。
ただ、ぼくたちが今回作りたいのはちょっと違うよね、ということも大事なポイントでした。むしろ本をあまり読んでない人や、「昔は読んでたけれど、最近全く読めていないな……」みたいな人でも、フラッと入りたくなるようなオープンな場所を目指したいなと。その議論が「透明書店」という店名にもつながりました。

岩見:
ただ一方で「敷居が低いだけなのも物足りない」、という話も出ました。本屋の魅力って、たくさんの本を通じて、世界の広さを感じられるような部分にあると思うんです。スモールビジネスの魅力は、独自の世界観を表現しているところにもある。
だから、ぼくらもただ敷居を低くするだけじゃなくて、ちゃんと芯となる世界観を持とう...…たとえば、小さいことはかっこいいとか、楽しさを大事にしたいとか、そういう自分たちの世界観をちゃんと作り込んで表現していこう。そういうことも話しました。

岩見が語る様子

岡田:
そんな議論を経て、「敷居が低くてオープンな空間だけど、一歩足を踏み入れたら、なにかしらインスピレーションをもらえるような場所」を目指すことになりました。そして、そういう理想の書店を作るための過程を、できるだけ透明性を持って発信していこうと。

「『透明書店』ってどうですか?」

—— 「透明書店」、このお名前はすぐに決まりましたか?

岡田:
名前についても、コンセプトと並行して考えていましたね。最初は、スモールビジネスの自由さを表現していきたい、という意味を込めて「自由書店」で考えていたんです。
だけどすでに似たような名前の店がいくつかありましたし、そもそも「freee」と同一化しすぎというか。もう少しfreeeと切り離した存在にしたかったので、「やっぱり全然違う名前、ロゴ、モチーフにしよう」と話がまとまりました。

岩見:
オープンである、ということがコンセプトだったので「本屋・オープン」という名前も考えてみたんですけど、「本屋オープンがオープン」ってよくわからないし、検索もめちゃくちゃ弱そうだなと(笑)。
どうしようかな……と考えていたとき、議事録のドキュメントに、岡田さんが「『透明書店』ってどうですか」と書き込んでくれたんですよ。その字面を見た瞬間、内装や透明なグッズのアイデアがぱっと溢れ出したんです。これはどこまでも広がりを持たせられそうないい名前だなと思って、すぐに「めっちゃいいっすね」って返事したのを覚えています。

二人が笑う様子

—— ああ、アイデアが次々と湧いてくるというのは、きっといいお名前の証でしょうね。

岡田:
辞書で「透明」を調べてみると、「透き通ってにごりがないこと」「中がよく見えること」といった意味合いと一緒に、「光を伝えるさま」というのも出てくるんですよ。なんかいいなあ、と思って。
「透明」って、ただ何もないだけではなくて、より深い部分を見せるし、そこに光があることも伝えることができるんだ、と。ぼくたちの本屋も、そういう存在になれるといいなと考えたんです。

岩見:
「透明書店」という名前が、コンセプトをより強くしてくれましたね。名前は理想のコンセプトをクリアにしてくれて、事業計画は現実を見せてくれる。その間を行ったり来たりしながら、スモールビジネスの輪郭がつくられていくんだと思いました。

資本金はいくらで始める?

—— コンセプトを固める上でも役立った「事業計画」についても、お伺いしていきたいのですが、まずはその下地として、ずばり「透明書店」の資本金はいくらなのでしょうか。

岡田:
会社の資本金は1,500万円です。

—— 1,500万円。大きな金額だなという印象をわたしは持ちましたが、これは、お二人の感覚では多いですが、少ないですか、妥当でしょうか。

岡田:
最初はもっと少額で...例えば、数百万円で始められるのではないか、と甘く考えていました。ただ、都内で20坪くらいの本屋を開く、という前提で最初にざっくり計算してみたら、初期投資だけで1,600万円ほどになってしまって。そこから色々と削って、初期投資1,300万円ほど、運転資金に200万円ほどで、合計で資本金は1,500万円ということになりました。

岩見:
僕たちが開く本屋は22坪なのですが、例えば「書店経営指標」という取次会社*の日販さんが出しているデータによると、20坪の書店の開業資金の平均は、運転資金を除いて1500万円弱らしいです。
本屋の初期投資が大きくなってしまうのは、物件の敷金や内装費に加え、まず大量の在庫を抱えなければいけないことがあります。返品できる制度があるとはいえ、最初にかなりの現金が出ていくことになります。

※取次会社:出版社と書店の間をつなぐ流通業者のこと

岡田:
それに加え、ここ1年くらいで不動産価格や物価が急騰しているのも痛手でした。例えば内装に必要な木材価格は、1.3倍ほどに上がってしまって。
いままさに最終的な初期投資額をギリギリまで詰めている段階なので、開店したら開業資金の詳細を、noteで公開していければと思います。

岩見:
初期投資を抑えるために、都内ではなく地方に開店したり、数坪のめちゃくちゃ小さな本屋さんにするのはどうか、というような議論もしていました。でも、freeeとしてのプロジェクトの本来の目的に立ち返ると、「都内で20坪以上」というのは譲れないという結論になって。この辺りの物件探しの裏側は、次回お話しできればなと思います。

岡田:
あとは、初期投資の金額自体だけでなく、どう調達するか?というのも重要な観点なので、これもかなり議論したんです。freee代表の佐々木と話したときに、「全部が自前(freeeで用意する)じゃない方が、リアルでいいんじゃない?」とも言われて。
たしかに、今はいろんな調達方法がありますから、全額自前で用意するより、そういった方法を活用する方がスモールビジネスとして自然だと思います。

岩見:
ただ、例えば上場会社の子会社だと、日本政策金融公庫からの融資が受けられなかったりして。結局、最初の1500万円だけは会社で用意する。freeeからの投資はこれっきりで、あとは子会社で回す。そしてそれでも足りなくなれば、クラウドファンディングなど別の手段を検討していく...ということになりました。

岡田:
実際は、資金を集めるってすごく大変なことなんだと思います。だからこそ、資金調達についてもいろんな手段を試みて、発信していくことができれば理想的だったと思います。そこは正直、非常に残念に思っているところでもありますね。

スモールビジネスの道しるべ「事業計画」

—— では必要な初期費用の内訳や、それを回収していくプランである「事業計画」は、具体的にはどのように作っていったのですか?

岡田:
ぼくが考える事業計画のパターン、岩見さんが考えるパターン、みたいなのをそれぞれ一度組んでみて、擦り合わせながら話す、という方法を取りました。内訳でいうと、ひとまず現状見えている必要経費を積んでいって。

岩見:
たとえば、最初は店舗の場所も「駅の周りに商店街がある“幡ヶ谷”がいいなあ」なんて話していて、「家賃40万円か、頑張ればいけるのかな?」なんて夢を見て内見までしてたんです。だけど、いざ事業計画のスプレッドシートに数字を打ち込んでみれば、「絶対無理だな…」と現実を知って。

岩見が語る様子

—— 事業計画の上で計算してみると、見合わなくなっちゃうんですね。

岡田:
無理でしたね。ベンチャーのように大きく成長させることが目的の事業ではありませんが、それでも黒字化は維持しなければいけないので。さらに売上の部分については、当たり前ではあるのですが、どこまでいっても「こうだといいな」という見込みの数字なわけです。

岩見:
何せ本屋をやったことがないので、1日にどのぐらいの本が売れるのかわからない。想像するしかないんです。想像の冊数を、単価と営業時間で掛ける。事業計画は、そんなシンプルな掛け算からスタートしました。

岡田:
あとは家賃や人件費といった固定費。やっぱりここが一番大きくて、大体のイメージもつくから、とりあえずおいてみる。その金額と、想像上の売上を睨めっこする。要は簡易的な「損益分岐点」がどうなるかずうっといじっていました。
まずわかったのは、やっぱり新刊書籍だけでやっていくのって、改めて難易度が高いのだなと。新刊書籍の定価はあらかじめ決まっていて、自分たちで値段を決められないんですよね。本の粗利は、2割程度に固定されてしまうんです。そうすると、固定費の損益分岐点を超えるだけでも、結構な冊数を売る必要が出てくる。

事業計画シート。売上と経費のシミュレーションが並んでいる
コンセプト議論時点での事業計画(その後アップデートした詳細な事業計画は、開店後の連載で随時公開していく予定です)

岩見:
「飲食」「イベント」「グッズ」といった本以外の商品を扱っている独立系書店さんが多いのも、それが理由だと思います。僕らもいずれは取り組みたい、と思っていたことばかりではありますが、事業計画を議論していく中で、「間違いなく必要である」という認識になりました。
他にも、EC販売(オンラインショップ)も始めたいとも思っています。実はECを売上の柱にしている独立系書店さんも多いんですよ。Amazonより送料はかかるし、遅いだろうけど、そのほかの体験の部分で「ここで買いたい」と思えるような店にしていきたいなと思います。

本屋だからこそ、できる挑戦を

—— 改めて「本屋」という選択について、「大変そう……」との感想を持ってしまったのですが、そのあたりはいかがでしょうか?

二人が語る様子

岡田:
大変だと思います。でもだからこそ、挑戦のしがいがあるな、と。
他にも、たとえば法人向けに貸し出す、コワーキングスペースにする、無人の営業時間を設ける……そういった新しい試みを、どんどん繰り返していきたいと思っています。子会社をつくって小さい規模でやっているからこそ、思いついたことをスピーディに、すぐ試していきたいです。

岩見:
書店なので、あくまで本が中心にあるんですが。本が並んでいるリアルの空間って、とても価値があって、いろんな可能性を秘めていると思っています。

岡田:
あとは時間のかかるようなバックオフィス業務は、徹底的にデジタル化していく。さらにテクノロジーを使って、新しい体験にもチャレンジしてみる。そういった挑戦の連続の過程で、結果的にイノベーションが生まれるかもしれないし、それをさらに他の本屋さんにも使ってもらえるようにすれば、面白いことが起きるのではと考えています。

岩見:
理想のコンセプトと現実の事業計画をまたいったりきたりしながら、ひとつずつトライアンドエラーでやっていきたい、と今は考えています。

岩見が語る様子

—— そういったトライの過程も、発信していくということですもんね。

岩見:
はい。何が成功して、何が失敗するのか。毎月の売上グラフは、どんな線を描いていくのか。「透明書店」の事業を、ぜひたくさんの人に追ってもらいたいと思います。

—— 次回の「物件編」では、いつもと違うお二人のお話が伺えるようですね……? 今から楽しみにしています!

次の記事では、「透明書店」をオープンさせる蔵前の物件について、確定の経緯も含めてご紹介しています!

◆中前結花:ライター・エッセイスト。下北沢の書店巡りを日課にしている。著書にエッセイ集『好きよ、トウモロコシ。』(hayaoki books)など。
撮影:藤原慶 デザイン:Samon inc. 編集:株式会社ツドイ


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