本屋の副店長は、AIのくらげ?ChatGPTを実務で活用する狙いとは
どうやったらAIを、実務で使えるのか ー この記事では、蔵前の本屋「透明書店」でのAI活用に迫ります。AIは、副店長の役割を担う予定になっていて……?
以降はライターの中前さんに取材いただきました。
書店でテクノロジーを実験する
今日もfreeeのオフィスにやってきました。
「はじめまして」
そう挨拶を交わしたのは、freeeで「AIプロダクトマネージャー」をされている木佐森慶一さん。透明書店で、近頃なにかと話題のAIに関するプロジェクトが始動したと聞きつけて、お話を伺うことになりました。
——透明書店では、AIが活用されると伺ったのですが……
木佐森:
はい、そうです。私は普段freeeでAI技術の研究開発をしているのですが、その実験を透明書店でやりたいと考えています。
——実験?
木佐森:
いまChatGPTが大きく注目されているように、AI技術には可能性が溢れています。ただ、高い正確性を求められるfreeeのようなプロダクトでは、とりあえず製品にAIを入れてみました……みたいなことはなかなか簡単にはできないんです。
岡田:
だからこそ、思いついたらすぐに実験でき、すぐにフィードバックがもらえる場所が重要になってきます。透明書店を、そういうプラットフォームにしていきたいなと。
木佐森:
透明書店で得られた実験結果を持ち帰って、freeeのサービスに投入することで、確度の高いプロダクトを展開していきたいと考えているんです。
——透明書店は、テクノロジーの実験場という側面もあるということですね。では実際にどんな計画が進んでいるんでしょう?
木佐森:
いまは「くらげモニター」をつくっています。
—— くらげモニター……?
経営状況を学習した、くらげモニター
岡田:
透明書店のロゴの「くらげ」を映す、大きなモニターが店内に設置されるんですよ。このくらげを通じて、お店の経営状態を、「透明化」したいなと思って。
このくらげは書店の会計データと連動していて、お店の調整がいいときには、くらげの調子も良くて、跳ね回ったりしてる。逆に、売上などが芳しくないときには、元気なく横たわっています。
——くらげの様子を見れば、透明書店の経営状況が一発でわかる!ということなんですね。
木佐森:
さらに、お客さんと喋ることもできます。
——くらげが喋るんですか?
木佐森:
はい。例えば、お客さんがおすすめの本を尋ねたら、紹介してくれます。
——もしかして、くらげには話題の「ChatGPT」が使われているんでしょうか?
木佐森:
はい。くらげの裏側では、ChatGPTのAPIを活用しています。
ただ、通常のChatGPTと違うのは、くらげは透明書店の経営情報とリアルタイムに接続されてるんです。例えば、店にある3,000冊の在庫データを、くらげは常に学習しています。
——そうすると何が変わるんでしょう?
木佐森:
ChatGPTで遊んでみるとわかるのですが、結構普通に嘘をつくんですよね。(笑)例えばおすすめの本を尋ねると、架空の本を、さもあるかのように紹介する。
木佐森:
そこを、在庫データと繋げてあげることで、実際に在庫に存在する本を紹介してくれます。これは、本屋の体験を大きく変える可能性があるのではと思っています。
岡田:
これまで書店の検索サービスって、特定の本を効率的に探す「目的買い」をサポートするものだったと思うんです。
でもGPTの強みは曖昧な質問にも回答できることだから、例えば「気分をあげたい」「珍しい本がいい」「仕事に悩んでる」みたいな、曖昧な問いかけから、本を提案することができる。それによって、「本との偶然の出会い」というリアル書店の魅力を強化できるのではと思っています。お客さんには、くらげとの会話をぜひ楽しんでもらいたいですね。
岩見:
あと、お客さんが本を買ったら、くらげがその本を食べるんです。
——本を食べる?
岡田:
正確には、レジの「いま購入があった!」という記録と連動して、その瞬間に本を食べるアニメーションが表示されるんです。で、そうやってお客さんが購入していった本のデータが集積することで、くらげの性格が変わっていくと面白いなあ、と妄想しています。
岡田:
歴史ものの本がたくさん購入されたら、歴史マニアのくらげになるかもしれませんし、恋愛小説ばかり購入されたら、恋愛脳のくらげになるかもしれません(笑)。
お客さんの購買行動でキャラクターが変わっていく。店とお客さんが一緒にくらげを育てていくような体験になれば、面白いですね。
——すごい……。みんなの ペットのような。
岩見:
どうなっていくか、ドキドキしますよね。嫌な性格にならなければいいなあ……。
——ははは(笑)。そこもお客さん次第、ということなんですね。
目指すのはAIを「副店長」にすること
木佐森:
ただ、このくらげをただの「ペット」のような存在にとどめるつもりはないんです。もっと役に立つ存在...…僕はこのくらげを「副店長」にしたいと思ってるんです。
——え、くらげが、副店長ですか???
木佐森:
そうなんです。例えば、人間の店長が「最近はどんな本が売れてる?」とAIに聞けば、AIは販売データをもとに「こういう本が売れています」と答えるし、「何時頃の来店が多い?」と聞けば、「今日は火曜日なので、何時頃の来店が多そうです」なんて答えてくれる。これって、もう良き相談相手だと思いませんか?
——たしかに。
岡田:
基本的に、開店後しばらくは店長・遠井さんのワンオペでお店を回していくので、くらげには接客もしてもらいますし、店長の良き壁打ち相手にもなってもらいたいなと。アイデアもいっぱい出してくれる「憎めない副店長」みたいな感じになれば、いいなと思ってるんですよ。
——なんだか未来の話を聞いているようです。
木佐森:
さらには経営の相談だけじゃなく、発注作業なんかもできるようにしたいなと思っていて。例えば店長が「今日売れた本を補充しといて」とくらげに言えば、在庫情報をもとに発注書を生成して、取引先にfaxを流しといてくれる——そこまでできれば、理想的です。
——すごすぎます。副店長として、面倒な作業もやってくれるようになるんですね。どれくらいの期間で実現できるんでしょうか?
木佐森:
ひとまずは、店長の遠井さんのパートナーとしての役割が担えるよう、「直近3ヶ月で、やれるところまでやろう!」ということになっています。
最低限のデータが入っているだけの状態から、徐々に店長の作業を回収していけるように手を加えていって。3ヶ月でどこまでできるかわかりませんが、 面白い報告ができるよう、開発を進めていきたいと思います。
岡田:
リサーチ、開発、透明書店向けにリリース、実務で利用、フィードバック、改善みたいなことを、3ヶ月をかけてガンガン回していくというのは、ぼくたち自身もすごく楽しみなんですよ。どこまで行けるか、どんなものができるか。
当然、すごく良いものができれば、freeeのサービスにも反映していこうと思っています。
創業期からの構想が、一気に近づいている
——たしかに、経営状況を把握した上で質問に答えてくれたり、アイデアを出してくれたりするAIであれば、freeeのサービスとしてもとても価値がありそうですよね。
岡田:
freeeとしてのテクノロジーの実験場、という話を最初にしましたが、そこがまさに本丸なんです。日々忙しい中で、店長の手間を省き、よき相棒となれる「副店長」をつくれるのか。実務で使ってみるからこそ、本当の価値が見えてくると思います。
木佐森:
最初に話したように、freeeの提供しているサービスには、正確性が求められます。これは「実際の経営データと繋がることで、いかにAIの正確性を担保できるか?」という実験でもあるんです。
そしてこれがうまくいけば、freeeが以前から構想していた「人工知能CFO」も実現できるのではないかと。
——「人工知能CFO」……?
岡田:
CFOって最高財務責任者のことなんですが、それをAIにやってもらおう、というのが「人工知能CFO構想」です。freeeを立ち上げた頃からある構想でして、それでfreeeの設立当初の名前は「CFO株式会社」だったりします。
木佐森:
今のfreeeでは請求書を読み取るとか、勘定科目を提案するとか、業務を効率化させる方向にAIを活用してるんですけど、その先に目指しているのは、アドバイスをくれるとか、相談相手になってくれるとか……。まるでCFOのような存在にしていきたいなと。
——すごい。その実現が見えてきたわけなんですね。
木佐森:
わたしが昨年入社した時には、「3年〜5年後に向けて、徐々に人工知能CFOを実現しよう」というのが、正直なところでした。まだまだ長期のビジョンとして考えていたんですよ。
ですが、ChatGPTが出てきたことによって、「あれ?もしかしてもっと一気に進められるんじゃない?」と思うようになりました。そのぐらいChatGPTの公開というのは、研究者から見ても、とても大きなブレイクスルーでした。
——東京大学の見解では「人類はこの数ヶ月でルビコン川を渡ってしまったかもしれない」なんて表現もありましたが、やはりChatGPTの公開はそれだけのインパクトがあるものだったんですね。
木佐森:
はい、いち研究者としてもそう思いますね。すごい瞬間をぼくたちは目の当たりにしているんですよ、きっと。
岡田:
今急速にChatGPTの技術が広まっていくなかで、みんながいろんなことを試していて、その様子がインターネット上に溢れていますよね。ただ、特にバックオフィスのような分野では、この技術を実務に活かせている企業は、まだまだ少ないんじゃないかと思っています。
木佐森:
ぼくたちには「透明書店」があるので。ここで実際に活かして、ちゃんと役に立つものを作っていきたい。
そして、それが実際に「経営に役立つ!」となれば、freeeのサービスとしてしっかり展開することを視野に入れたいです。
AIで本の価値が再定義される?
——すごくわくわくします。「AIに仕事を奪われてしまうんじゃないか?」といった懸念を聞くこともありますが....AIは人間が上手く活用するもの、より有意義な時間を過ごさせてくれるもの、として考えたほうが、明るい気持ちになれますよね。
木佐森:
本当にその通りだと思います。実はわたしは、自分で会社を立ち上げた経験があるんです。元々、人工知能の研究者として論文を書いていたのですが、それを事業にして世の中に価値を届けたい、と思って。
木佐森:
でも、本当に大変でした。事務手続きにしても、経営計画にしても、丁寧に全ての落とし穴に1歩ずつはまっていったような感覚で(笑)。
やること、わからないこと、があまりにも多すぎたんですよね。肝心の「やりたいこと」に割ける時間が本当に少ないのが悔しかったです。そういった経験から、自分自身の技術で、経営者を救いたい、というのが、わたしの「やりたいこと」になっていきました。
——その「やりたいこと」が形になる日が、ぐっと近づいたわけですね。
木佐森:
そのためにも、ひとまずは「透明書店」のくらげで、あらゆることを実験・検証していこうと思います。便利な仕組みを作ることができて、たとえば他の書店さんでも活用してもらえるようなものができるとうれしいですね。
岡田:
実際のくらげも、クローン個体で生殖していくような種がいるらしいんですが、透明書店のくらげAIも、クローンがいっぱい日本中に広がるといいなと(笑)。
——とても楽しみです!仮にAIが副店長として面倒な仕事を巻き取ったりしてくれるようになったら、店長の遠井さんはどんな仕事にフォーカスするようになるんでしょう?
岩見:
今後、AIの活用が浸透していくにつれて、 逆に「店舗」のようなリアルな場所の価値はどんどん上がっていくんじゃないかと思っているんです。
ですから、店長の遠井さんは店頭の本の並べ方を研究したり、面白いリアルイベントを計画してもらったり、お客さんと本の話で盛り上がったり……。そういういったところにフォーカスできるといいですよね。
岡田:
それこそ、AIが無限に無数のコンテンツをネット上に作っていくと思うんですよ。そうなることで逆に、本の質感とかインクの匂い、ページをめくるときのあの感覚は、すごく豊かな体験として見直されるんじゃないかな。
きっと「本」の価値も再定義されると思うんです。ですから、おもしろいタイミングで書店を始めたなあ、と今ひしひしと感じているところです。
木佐森:
うん、これはすごく貴重な体験になると思いますね。
ひとまずは、くらげを使って遊んで転んで。新しい可能性をどんどん広げていきたいです。まずは、3ヶ月後どんな状態になっているのか、楽しみにしていただければと思います。
——未来のお話のようで、3ヶ月後にはくらげが副店長に成長しているかもしれない、ということですもんね。楽しみにしています!
次の記事では、店内の本を選ぶ「選書」の作業についてお伝えしています。本屋に置かれる本は、どのように選ばれるのでしょうか。
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