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ベーシストから書店の店長に。「仕入れた本がちゃんと売れるか、毎日ハラハラしています」

東京は蔵前に店舗を構える、透明書店。2023年4月に開店以来、多くのお客様をお迎えしながら、さまざまな試行錯誤を重ねてきました。本連載『透明書店の現場奮闘記』では、そんな店頭での奮闘ぶりをリアルにご紹介します。

第1回目となる今回は、店長を務める遠井大輔さんにインタビュー。ベーシストとして音楽活動をしていたところから書店員に転身した店長に、半年間働いてみた感想を聞きました。初めての書店でのお仕事は、戸惑いとワクワクの繰り返しで……。聞き手は、ライターの安岡晴香さんです。


開店から半年。書店員の仕事が板についてきた

 
10月中旬の昼下がり。

遠井店長に会うために、透明書店にお伺いすることにしました。蔵前駅で降りて1分ほど歩くと、「本」と書かれたシンプルな置き看板が見えてきます。

お店の前に置いてある看板
お店の前に置いてある看板

 「透明書店」とプリントされたガラスの扉をスライドし、店内へ。色とりどりの書籍が並ぶ、ゆったり落ち着く雰囲気に包まれます。レジ横の作業スペースに、遠井店長の姿を見つけました。

声をかけると、作業の手を一旦止めて、こちらに笑顔を向けてくれます。
 
「ああ、こんにちは。今日はよろしくお願いします」
 
遠井店長の足元には、取次会社のロゴが入った段ボールが。

「今は、品出しをしているところです。週に数回、こんなかたちで書籍が届くんですよ。今日到着したのはすべて新刊。冊数と内容に間違いがないかをチェックしながらラックに並べ、そのあと店内に置いていきます」

届いた本をチェックする遠井店長

ひと手間かけることで、発注の齟齬などに気づきやすくなり、結果的に効率よく仕事が回るそう。
 
「店長になってすぐの頃は、品出しだけでもかなり時間がかかっていました。最近はだいぶテキパキ動けるようになっています」 

新刊は、基本的に入口付近の大きな平台に並べることにしています。スペースが限られているため、新しい本が来るたびに、元々置いてあった書籍を平台から棚に移します。「どう置いたらいいかな……」とつぶやきながら並べ替える手つきは慣れたもの。開店から半年、書店員としての動きが板についているのです。

届いた本を並べる遠井店長
ひらおきされた新着本の様子

新刊の仕入れがおもしろい。コツは「編集者を追うこと」

 
現在、透明書店で扱っている書籍は約3,000冊。お客様の反応を見ながら、仕入れの内容を随時変えています。
 
「個人的におもしろいのは、新刊の仕入れです。ちゃんと売れるのか未知数なので毎度ハラハラしますが、その分、売れたときの喜びが大きい。お客様がレジに新刊を持ってきてくださったときは、"自分の選書が届いたんだ"とうれしさが込み上げます」

新刊情報は主に『版元ドットコム』というサイトから収集。書名や著者名、本の中身の情報などのデータベースにアクセスできるサービスです。毎日上がってくる膨大な新刊情報に目を光らせているものの、「仕入れ逃し」に後悔した経験もあります。

レジ台で作業をする遠井店長

「たとえば9月に発売された『ていねいな文章大全 日本語の「伝わらない」を解決する108のヒント』(石黒圭 著・ダイヤモンド社)という本があります。ある日、お客様から取り扱いはあるかとお問い合わせをいただいたのですが、ご用意していませんでした。どんな本だろうと詳しく調べてみたところ、当店でよく売れている『0メートルの旅』と同じ編集者・今野良介さんの担当書籍だと判明。知っていたら絶対に仕入れていたのに……と悔やしさでいっぱいになりました」

そのとき遠井店長が思い出したのは、下北沢の独立系書店「本屋B&B」の店長からもらった言葉。透明書店での勤務を始める直前、「研修」と銘打って同店で3ヶ月間働いたことがあるのです。そのときに店長から「いい仕入れのためには、編集者のTwitterを追っておくべき」と言われたそう。

「お客様に満足いただける書店であり続けることは、簡単なことではありません。まだまだ改善の余地だらけですね」

お客様はどんな本を求めているんだろう。どんな書店になれば気に入っていただけるんだろう。遠井店長は、来る日も来る日も考え続けています。
 
そんなひたむきな思いは、店舗の入口にもにじみ出ていました。

店頭のアンケート

壁に貼られていたのは、大きな模造紙。脇に投票用のシールが置かれていて、透明書店を気に入ったかどうか、お客様がリアクションを返せる場となっています。自由記入のコメント欄には、手書きの温かい応援メッセージがずらり。
 
「少しでもお客様の声を参考にしたいと思っていたところ、くらげ会の販売チームから『店頭アンケートはどうか』と提案をもらったんです。いいアイデアだと思い、設置しました。ふらっと寄ってすぐに帰られる方も多いので、全員の感想を拾うことはできませんが、こうしてわずかでも反応をもらえると大変励みになります。

お客様の反応次第で、店内をマイナーチェンジしていくのは楽しいものですよ。たとえばこの夏は、入口付近の棚にマンガやベストセラーなどの柔らかめの商品を置くようにしてみました。足を止めてくれる方が増え、手応えを感じています」

常連さんが教えてくれた、リアル書店の存在意義

 
お客様の仕草や表情をヒントに、透明書店ならではの魅力を探ってきた半年。その結果、足繁く通ってくれる「常連さん」ができたことも、店長の背中を押しています。

笑顔で取材を受ける遠井店長

 「来店のたびにお話しさせていただくお客様が数名いて、会話するたびに頑張ろうって思えるんです。たとえば常連さんのうちの1人は『このお店はなんだかすごく落ち着くから、じっくり本が選べる』と言ってくださいました。

その方はいつも割と遅い時間にいらして、30分ぐらい店内を見ていかれます。一通りじっくり見て、これは気になるなという本があれば覚えておき、次に来店したときにまだその本があれば購入すると決めているそう。興味深い方法ですよね」
 
まさに、リアル書店ならではの楽しみ方。透明書店をそのような場として使ってくれるお客様がいることが、遠井店長にとってはたまらなくうれしいのです。
 
「最近はインターネットで本の情報を知って、ピンポイントで購入を決めることが多いと思うんです。でも、書店という場所があるからこその出会い方があると信じています。棚を見て、興味の幅を広げていくことで、意外な本とも出会える。こういうリアル書店ならではの存在意義を大事にしていきたいですね」 


 元々は音楽業界にいて、ベーシストとして生計を立てていた遠井店長。新型コロナウイルスの影響で仕事が思うようにいかなくなり、そのタイミングで透明書店の求人を見つけ応募しました。このあたりの経緯は、以前noteで紹介した通りです。
 
【遠井さん採用時の取材記事はコチラ】
透明書店の店長の決め手は「ちょっと話が長かった」こと

透明書店準備号05_遠井店長を採用時の記事バナー

「実はぼく、2018年頃にB&Bが書店員を募集していたときに、履歴書を出したんですよ。ご縁がなく採用されませんでしたが、今、こうして本に囲まれて毎日働けている。念願の書店員になれたのは、とても幸せなことです」
 
学生時代から読書が好きで、純粋に本屋という場も大好き。上京前は実家の近くに数軒あったさまざまな書店に毎日のように通っていたといいます。

「高校生の頃までは、サブカル寄りの小説や音楽雑誌が好きでした。大学受験の際に柄谷行人を知ってから、人文系の本や現代文学に興味が湧き、講談社文芸文庫などを手に取るようになりました。特に多く読んだのは、保坂和志や吉田健一です」

東京に来てからは、独立系書店をめぐることもあり、客として書店員の仕事を見てきたものの、実際に働いてみると事務作業の多さに驚かされたそう。
 
「よく考えたら当たり前なのですが、在庫や売上管理などのパソコン作業が結構多いのは、ぼくの中ではひとつのギャップでした。当店では取り扱っている書籍の状況を管理するためにGoogleスプレッドシートを活用していますが、いちいち登録したり、ステータスを変更したりするのが大変なんですよ。品出しや接客に追われる日は、ついつい忘れてしまいます。

「実はこのあたりの細かい悩みは、『くらげ会』のメンバーに共有済みです。作業効率化のために、近いうちにシステムの管理方法を見直してくれると聞いています。ありがたい限りです」
 
freeeの社員が有志で透明書店の運営を支える「くらげ会」。メンバー一同、遠井店長に寄り添いながら、より良いスモールビジネスのあり方を模索しています。
 
【くらげ会の記事はコチラ】
「やっぱり、リアルな経験がしたかった」freeeの現場奮闘記×販売・在庫編
freee社員が書店の会計業務にトライ。「会計まわりのリアルを体感できました…!」

いつか、自分の人生を詰め込んだお店を持てたら 

取材終盤、もっとも苦労したエピソードについて聞いてみたところ、遠井店長は考え込んでしまいました。
 
「……なんというか、基本的にすごく楽しいから、苦労って言われても思い浮かばなくて。もちろん失敗したり、大変だなと思ったりする日はあるんですが、いつもワクワクしながら働かせてもらっています」
 
店内を見回す遠井店長は、なんとも愛おしそうな表情。

「かつてベーシストをしていた頃は、いろいろなお店をまわって演奏をしていたんです。打って変わって今は、こうしてひとつのお店にずっといる暮らしをしています。思えば、かたちは変われど、お店という場にずっと関わり続けてきた人生なんですよね」

顎に手を添えて考え事をする遠井店長

「ぼくは、お店という場所がすごく好きなんだと思います。年を重ねても、お店に身を置き続けていたいなと考えますよ。できたら、本や音楽など、自分の歩んできた道を詰め込んだようなお店を、いつか自分で持ってみたい。職住近接で、ご近所さんや友人、仕事で関わる人たちが集まるような、“共有財産”としてのお店を作れたら最高ですね」

共有財産という考え方は、『喫茶店のディスクール』(オオヤミノル 著・誠光社)を読んだ影響を受けているそう。透明書店で過ごしながら、遠井店長はめざす未来のかたちを探っていきます。

「先々の夢を叶えるためにも、今は透明書店に全力投球します。最近は経営のためにイベントやグッズ販売、ドリンク提供などに力を入れていますが、この場所のコアは本。変にこだわりすぎたくはないのですが、ここだけは軸として揺らがないようにしたいんです。本を入口にお客様を迎え、来てくださった方に何かしらの問いや興味を提供する。そんな書店であれたらうれしいですね」 

本を陳列する遠井店長

今回は透明書店・店長を務める遠井さんに、仕入れのコツやひとりで効率よく業務をこなすための工夫などを伺いました。今後もこの連載では、透明書店がより良い本屋を目指すために行っている取り組みや、売上アップのための施策の模様をお届けしていきます。次回もお楽しみに!

★日々のお金の動きや出来事をより細かく拾うために、店長遠井が毎日つけている営業日誌を公開しています。note「freeeが書店を作ります」の中にある「透明書店店長・遠井の透明日報」も、ぜひご覧ください。 

取材・執筆:安岡晴香
ライター・編集者。広告代理店、総合出版社勤務を経て独立。ウェブや雑誌で主にインタビュー記事を担当している。
撮影:芝山健太 デザイン:Samon inc. 編集:株式会社ツドイ 

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中央に「透明書店バックヤード」のタイトルと本が画面中に散らばっているキービジュアル。

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