蔵前で小さな書店をオープン。1年経って気づいた15のこと【振り返り最終回】
2023年4月、東京・蔵前にオープンした「透明書店」。本連載『お金まわり公開記』では、開店から丸1年間、売上や利益などを赤裸々にお伝えしてきました。連載ラストとなる今回は、これまでを振り返りつつ今後について考えていく総集編をお届けします。聞き手はライターの安岡晴香さん。透明書店の代表を務める岩見俊介がお話しします。
数字で振り返る透明書店の1年間
――『お金まわり公開記』、ついに最終回です。さっそく実績を振り返りながら、岩見さんの気づきを紐解いていこうと思います。
岩見:
よろしくお願いします。まずは1年間の歩みを、改めて紹介しますね。
岩見:
直近で公開した記事の通り、2024年4月に初の単月黒字をやっと達成しました。しかしそこから右肩上がりというわけではなく、まだまだ不安定です。今は運転資金が再び減ってきていて、そろそろ追加の融資を受けたいなと考え始めているところです。
岩見:
さまざまなイベントやフェアを行うことで書籍の売上を作ってきました。透明書店の個性を色濃く出すために、リトルプレスやZINEに特に力を入れています。
岩見:
キャラクターの「くらげ副店長」をモチーフにしたオリジナルグッズなどを販売しました。XやInstagramでは、遠井店長を中心にコンスタントに投稿を続けています。
岩見:
有志のfreee社員が集まる「くらげ会」では、経理、労務、販売管理、AI開発などを手分けして行いました。社内メンバーにスモールビジネスを実践してもらうきっかけになっています。
1年前の自分に教えたい! 代表・岩見の「15の気づき」
――ここからは、岩見さんのリアルな感想に迫っていきます。実際に経営してみてわかったことが多々あるそうで……?
岩見:
はい。反省がたくさんあるし、やってよかったと思えることも多々あります。1年前の僕自身に、あれこれ教えてあげたい気持ちです。そこで、僕なりの気づきをここで挙げてみようと思っています。個人的な感想ではありますが、これから書店やスモールビジネスを始める方の参考になったらうれしいです。
1.テナントを選ぶ際に「駅からの人流」をチェックすればよかった
蔵前は、観光客が意外とたくさんいて、想像以上にいいエリアでした。ただ、細かく見ると、僕らはもしかしたらチャレンジングな場所を選んだのかなと感じています。というのも、透明書店があるブロックは駅からは近い割に、人通りが少ないんです。最初に、駅周辺の人流をもっとチェックしていたらよかったなとは思いますね。とはいえ、透明書店よりも駅から遠いお店に、行列がしっかりできているのも事実。僕たちの頑張り次第で、集客数はまだまだ伸びると信じています。
2.店の「ベストな広さ」をもう少し考えてもよかった
家賃28万円という数字は、売り上げが安定して立っているお店なら、立地や広さを鑑みれば安いです。ただ現状は、この固定費はキツいなと感じます……。たらればの話になりますが、もし、現在レンタルスペースとして活用している「不透明な部屋」がないくらいの敷地面積で、その分家賃が少なかったら、経営がもっと早く安定したのかなという想像はしますね。ただ、当時の僕らは物件探しに難航していて、他の選択肢がない状況だったので、仕方ないのですが。もし複数の物件で迷える状況なら、広さや家賃についてもっとシビアに考えられたのになと思います。
3.オープン前から「つながり」を作っておくことは大事
「本を売る」以外のことも一緒にやっていこうとするのならば、つながりがとっても大事です。実際、知り合いと一緒にフェアやイベントに取り組んだり、グッズを作ったりしたことが何度もありました。いろんなおもしろい人に出会って、他の書店にもいろいろリサーチに行って……というインプットが物を言うんです。オープン後は日々の運営にかなり時間を取られてしまうものなので、もっと事前準備の段階からつながりを作っていたらよかったなと思います。
4.FAXはなんだかんだで役に立っている
開店準備をしているときに、「FAXって本当に必要なのかな?」と迷ったんです。でも、出版社や書店ではまだFAX文化が根付いていると聞いて、半信半疑で導入しました。結果…役に立っています。
メールとは違って紙で届くから、手が空いたタイミングでサッと確認できる。新刊案内が届いたら、希望数を書き込んで返送すれば予約が完了します。予約をFAXでしか受け付けていない出版社もあるようですし。また、出版社に対して返品の了解をとるやりとりも、主にFAXで行われます。出版社から了解のサインをもらい、その紙を返品用の箱に同封するのが基本です。FAXは必須ではないにせよ、あってよかったと感じます。
5.完全キャッシュレス化はちょっとリスキー
当初は、「完全キャッシュレスにしたら便利かも」と考えていました。レジ締め作業の手間が省けるし、売上管理もスムーズになるからです。でもリスクヘッジの観点で、やっぱり現金はあった方がいいですね。というのも先日、キャッシュレス決済の端末が反応しないという不測の事態が起こったとき、現金が大活躍してくれました。現金という選択肢は、引き続き残していきます。
ちなみに現状のお支払いは、カード払いが4割、続いて現金が3割、残りがバーコード決済やその他電子マネーでのお支払いです。構成比率としても、現金は2番目に使われているので、外せませんね。
6.初期在庫は少なめで始めるのもアリだった
初期在庫を3,000冊発注しましたが、もっと少ない冊数でスタートしてもよかったと思っています。いきなり仕入れに多額の資金を使ってしまった結果、運転資金が枯渇し不安に押しつぶされそうな時期が長かったので……。以前当店のイベントに出てくださった田原町の「Readin' Writin' BOOKSTORE」さんは、最初は数十冊ぐらいの規模で始めたそうです。透明書店の場合は数十冊規模だと少なすぎますが、最初から一気に棚を埋めようとせず、徐々に増やしていくスタイルをとってもよかったかなと思っています。
7.事業計画は二段階で立てたほうがいい
事業計画の作り込みが甘かったです。書籍・イベント・飲食という軸で金額を予測しつつ、足りないものは「何らかの粗利30万になる事業を考えて埋める」みたいなざっくりとした想定のまま進めていました。何をやるべきか具体的に考えて、早いうちにスケジュールを引いておけばよかったなと思います。また、軸となる計画自体がうまくいかなかった場合も想定して、二段階でシミュレーションを立てておくべきでした。新規の取り組みを都度考え、行き詰まっては再考して、結果スケジュールが後ろ倒しなる……みたいなケースが多々あったことを反省しています。
8.書店のコンセプトを決めたのは正解だった
「スモールビジネスを応援する書店」「透明」などのコンセプトをあらかじめ作っておいてよかったです。運営についてなにか悩んだとき、コンセプトに立ち返ることで、何をやり、何をやらないのかを判断しやすかったからです。コンセプトを考える際は「自分が何をやりたいのか」という強い思いはもちろんですが、誰がそれに共感してくれるのかという具体的なイメージも描いておくことが大事だと感じています。
9.イベントは「やれば人が集まる」わけではない
当初は、イベントを開催すれば、普通に20〜30人は来てくれて、人気の回ならオンラインチケットを含めて50人〜100人ほどが集まるものだと楽観視していました。しかし現状は、30人集まったら多い方。参加者5人、10人という回も普通にあります。イベントにお金を払って参加してもらう、というのがどれだけハードルの高いことかを思い知りました。透明書店のことをもっと知っていただく必要があるし、その先で、お客様が興味を持つようなイベントをやらなくてはなりません。
10.オンラインショップは開設しただけでは動かない
オンラインショップでグッズや本を販売していますが、月に数件しか売れていません。ECサイトは、単に開設しただけではダメなんだと痛感しています。現状、オンラインショップで使用している商品写真は、スマホで簡易的に撮ったものばかり。まずは写真のブラッシュアップから、見直しを始めよています。また、Instagramでの告知も本格的にやっていきたいです。過去に、オンラインショップのリンクとともにおすすめ書籍を投稿したら、数件ですが販売につながったことがありました。Instagramの広告を回して、動きを検証してみるのもいいかなと考えています。
11.イベントのアーカイブ配信を売るのはかなり難しい
イベントのアーカイブ販売に、苦戦しています。アーカイブをストックして販売すれば、継続的に売れて収益が底上げされると考えていたのですが、そんなに甘くはありませんでした。SNSで告知をしても、売れるのは1イベントにつき1〜2本が限度。アーカイブをただ溜めておくだけでは売れないので、イベントの内容を魅力的に伝える施策を行う必要がありそうです。
12.グッズの値段設定は、高くても5,000円くらいが限度かも
パーカーなど、8,000円くらいの高価格帯グッズは、販売点数が伸び悩みました。本屋にフラッと入ってきた方の「ついで買い」は、5,000円ぐらいが限度なのかなと感じます。反対に、ステッカーなどの低価格帯の商品や、しおりやブックカバーなどの読書関連グッズは動きが好調です。ただ、オリジナルデザインのソックスは、低価格帯なのに全然売れませんでした。アパレルグッズについては、値段だけでなくデザイン面でも見直しが必要そうです。
13.売上を赤裸々に報告してきてよかった
SNSは、X、Instagram、bluesky、noteを運用しています。現時点でのフォロワーは、Xは3,400人、インスタは2,000人、blueskyは180人ほどです。この数字がいいのか悪いのかは評価が難しいところですが、コンスタントに投稿を続けたことが、数字を伸ばしてこられた要因だと思います。Xでは、透明書店らしさを出すために毎日の売り上げを即日投稿しています。結果、好意的な反応が多いです。雨の日は全然売れない……みたいな正直な状態をおもしろがってもらえたり、同業者の皆さんが「透明書店さんも売れていないんだなと励みになります」と言ってくださったり。あるがままを発信をすることで、親しみを持っていただけていると感じます。
14.持つべきものはスモールビジネス仲間
蔵前エリアを中心に、スモールビジネス界隈でたくさんのつながりができました。蔵前における繁忙期や閑散期を教えてくれたり、質問・相談に答えてくれたり、本当に心強いです。商品を特別価格で仕入れさせてもらったこともあります。またご近所さん以外にも、たくさんの経営者仲間との出会いがありました。ゆるい距離感を保ちながらもつながれる、そんな仲間がいると、安心して経営を続けられます。
15.店長の個性が素敵なお店をつくる
透明書店の店長・遠井さんは、趣味の俳句・短歌をテーマにした定例イベントを発案してくれるなど、オリジナリティあふれる視点でお店をさらに盛り上げてくれました。店長のカラーが出たことで、書店として深みが増したと感じます。透明書店は、代表が僕、店長が遠井さんというややこしい構造なので、遠井さんは立ち回りが難しい場面も多々あったはず。それでもいつも前向きに取り組んでくださる遠井さんのおかげで、透明書店が素敵な場所になっています。
――経験してみてわかることだらけですね、ありがとうございます。お客様と関わってきた中で、特に印象に残ったエピソードはありますか。
岩見:
京都でシェア型書店を開こうと計画しているお客様がいて、透明書店のイベントに何度も通ってくださいました。先日、ついに開店に向けて動き出すという報告をいただいたときは、お役に立てる部分があったのかなとうれしかったです。また、棚貸し事業を始めたところ、スモールビジネスや書店開業に興味がある方々が棚主になってくださったのも印象的でした。夢の一歩を踏み出すきっかけになれたのかな、と手応えを感じています。
――お客様の前向きな変化が楽しみですね。
岩見:
皆さんには、いつも力をいただいています。先日も、クラウドファンディングで支援いただいた方からありがたいお言葉をかけてもらいました。「透明書店に関わっている人たちの雰囲気が良いから、いろんなファンの方が集まっているんだと思います」とか。「ファッションとしての開業ではなく、経営面もきちんとやっていこうという気概を感じ、好感を持っています」とか。こういった思いをメッセージとして伝えてくださるお客様がいると、代表としてまだまだ頑張ろうって思えます。
――素敵です。率直にお伺いしますが、透明書店の代表になってよかったと思いますか?
岩見︰
はい。忙しくてしんどい日もありますが、僕のキャリアにとって、すごくポジティブな経験になっています。
僕はfreeeに入社する前、広告会社やアパレル等の事業会社で働いていて、いつもプロジェクト単位の仕事をしてきました。「会社」「お店」という大きなスケールで設計から実行まで関わるのは透明書店が初めてで、おもしろいんです。しかもこの仕事は、ただ数字を追うだけではなく、お店として世の中とどう関係を持っていくか、何を人々に伝えていくかを考えられるストーリー性のある仕事。実はずっと「単なるブーム・トレンドではなくて、カルチャーとして長く根付いていくようなものを作る仕事がしたい」と思っていたので、まさにやりたいことをやらせてもらえている実感があります。
「スモールビジネスの聖地」をめざして、挑戦は続く
――透明書店の将来についてお伺いします。透明書店としてこうなりたい、という目標はありますか?
岩見︰
まず経営面で言うと、2周年を迎える頃には、安定して毎月黒字を出していたいです。この4月に初めて黒字達成できましたが、まだまだ持続可能な状態とは言えません。利益が毎月出つつ、遠井店長も僕も疲弊することなく自由に伸び伸びと働けている。そんな状況を実現します。
また、透明書店の将来像としては、スモールビジネスに挑戦する人たちが集える拠点になりたいと思っています。スモールビジネスの経営者は、孤独で、悩みを抱え込んでしまいがちです。だからこそ、みんなの知見を持ち寄ることで、それぞれの率直な悩みを解決していくような場が必要だと思うんです。透明書店がその先駆けになることで、スモールビジネス界隈を盛り上げたいと考えています。
――ワクワクしますね。
誰もが何かしらのビジネスを楽しんでいる「1人1スモールビジネス状態」が当たり前になったら、世の中はもっとおもしろくなると思うんです。そのために透明書店は、スモールビジネスの聖地的な存在になって、みんなを後押ししたいです。
――大きなビジョンの達成、期待しています。では最後に、『お金まわり公開記』の読者の方々へメッセージを!
岩見:
SNSに感想を書いてくださったり、お店に来て「毎月読んでます」と言ってくださったり、僕らの動きをしっかり見てくださっている方々の存在がいつも力になっていました。本当にありがとうございました。この連載が、書店やスモールビジネスの世界をのぞくひとつのきっかけになったなら幸いです。そして、自分も何かを始めてみようかなと思っていただけたのなら、こんなにうれしいことはありません。
連載はこれで一旦終了になりますが、引き続き頑張っていきます。2年目からの透明書店もどうぞよろしくお願いします!
透明書店ではこれからも、書店経営やスモールビジネスのリアルをお伝えしていきます。2期目では、他ジャンルのスモールビジネスプレイヤーと共に、経営についてオープンに発信していく予定。イベントなどを企画しているので、今後もSNSをチェックしてくださいね。1年間のご愛読、本当にありがとうございました!
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