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「名誉男性」な官僚だった私が気づいた政策形成の落とし穴
この記事はfreee DEI Advent Calendar 2024の21日目の記事です。
こんにちは。freeeでプロダクトマネージャーをしている小泉です。
プロダクトづくりでは、スモールビジネスを営む方が法律や規制を意識しなくても、freeeを使っていれば自然と守れる体験を大事にしています。
(このアプローチはTax Compliance by Designといいます。)
プロダクトづくりと同時に、法律や規制自体のアップデートを政府に提案することで、スモールビジネスが働きやすい環境づくりにも努めています。
国家公務員として総務省に12年勤めた経験から、freeeではプロダクトづくりと「政府渉外職」を兼務して、日々試行錯誤しています。

今回のテーマは「私とDiversity (多様性), Equity (公平性) & Inclusion (包摂性)」なので、自分の子育て経験とキャリアを振り返りながら、政策形成について考えてみました。
男もすなる政策形成といふものを、女もしてみむとてするなり
私が最初に就職した中央省庁という職場は、いわゆる「男性社会」。
当時、国家公務員における管理職の課長の女性比率は2%未満という時代(今では7%くらい)。まだ「働き方改革」という言葉もなく、大多数の男性と区別して「女性官僚」と呼称され、自分も男性社会の一員として、それなりに「モーレツ公務員」として働いていました。
ワンオペ育児とモーレツ公務員の両立
職場で自分が女性であることを一番意識したのは、やっぱり育休から復帰したあと。
シングルマザーになり、実家も遠かったので、ワンオペ育児とモーレツ公務員を両立させるために、いかにタイムパフォーマンスよく業務や育児タスクをこなすかを考え・・・
仕事は楽しかったし、支えてくれた人たちも周囲にたくさんいたけれど、今思うと、1日1日を塗りつぶすような生活を送っていたように思います。
育児も生理も病気もあるけれど、自分で選んだ道だし。
周囲から弱くみられるのも嫌だし。
プライベートな事情を職場で話すことは極力避けていました。
名誉男性という考え方がしっくり来た
のちに、フェミニズム論を勉強しているときに「名誉男性」という考え方を知って、「あ・・たぶん私のことだ」と合点がいったことをよく覚えています。
(名誉男性を男尊女卑な女性だという解釈もあるようですが)ここでは、男女二項対立という意味ではなくて、マイノリティを既存の仕組みにそのまま当てはめるという意味で使っています。例えば、日本人が「名誉白人」と呼ばれたときの悲しい気持ちと共通する考え方です。
“名誉男性”=男性社会が形成してきた価値観の中で周囲に認められようと努力し、でも、“通例”とは違う、コミュニティに完全には溶け込めない存在
自分自身の目でも、きっと周りからの目でも、私という女性官僚の存在は、
男女差別禁止の視点から「男性ではないけど、“通例”と同じ扱い」をしないといけない
女性活躍推進の視点から「男性ではないから、“通例”と違う扱い」をしないといけない
という一見矛盾した状況の中で、事例としても少ないので、invisible (目に見えない) な存在でもあったんだと思います。
大変な人は、喉元熱すぎて声をあげられない
invisibleな存在なら、気づいてもらえるように、声をあげたらいいじゃないかって思う方もいるかもしれません。
でも、私は、特に子供が小さい当時は、シングルマザーとしてモヤモヤを抱えながらも、声をあげることはありませんでした。
その一番の理由は、日々の生活がただただ忙しく・・・
自分の中のモヤモヤの解像度をあげる元気がなかった、まして、悩みや生きづらさについて声をあげる余裕もなかったように思います。
政策形成におけるデータの落とし穴
最近、私の専門である政策企画の領域では、個別のエピソードや政治的決着に基づく政策決定よりも、エビデンスに基づく政策立案(Evidence-Based Policy Making; EBPMと呼ばれます)が注目されるようになりました。
データドリブンで政策を科学することは、私も仕事として大好きな分野です。
でも、同時に、思うんです。マイノリティの声は、今はまだデータで捕捉できないんじゃないかって。データに取り込んでもらえるような声をあげられるのは、特権なのかもしれないって。
だからこそ、データを過信してないかの点検も重要なわけで。
(ちなみに、今年のSDGsに関するジェンダー指標の評価でも、データ自体がとれないことで、マイノリティがおかれた現実がinvisibleなままだという課題が取り上げられています。)
多数派の決定権を持つ人たちが集めたデータだけを見て、「マイノリティの声も反映できてるでしょ」って思い込むのは本当は危ないはず。
特に、政策の効果を届けたい相手がマイノリティなら、なおのこと、もっともっと積極的にマイノリティが意思決定プロセスに関われるよう努力をしないと、何も変わらないんじゃないかと思うようになりました。
だから、マイノリティの代弁者が必要だ
幸い、私個人のキャリアや家庭環境の「熱さ」は喉元過ぎてきたので、いまは、スモールビジネスのための統計調査をしたり、大学でジェンダーの授業を教えたり・・・
子育て中のキャリア形成を「個人の経験」として喉元過ぎたあとに忘れるのではなく、「社会の課題」として発信しています。
これまではマイノリティだった人たちの声を、政策やプロダクトに反映させることが私のこれからのライフワークです。
私の中には、「名誉男性」とかプロダクト開発とかシンママとか地方出身とか、マジョリティとマイノリティな属性が混在しています。この記事ではジェンダーという切り口でしたが、いろんな属性に広げてみれば、きっとみんなそうだと思います。
マイノリティにとって生きやすい社会というのは、みんなにとって生きやすい世界なんだろうと考えています。
私とDEI
去年から、大学の教員にも挑戦しています。ジェンダーを切り口に、社会経済にどんな影響があるのかを考える授業です。例えば、
■ 医薬品やシートベルトなどの製品開発では、女性の体では安全性が確認されていないことが多いため、女性のほうが死傷率が高い傾向があること
■ 同じ学歴で同じ仕事でも、女性のほうが男性よりも給与が低い傾向があること
■ 20世紀の日本では、生涯未婚率5%以下(就職としての結婚!)で、専業主婦家庭を前提として税や社会保障の仕組みが作られたこと
■ 現代は、おもちゃが男女別に作られ、広告も男女別にターゲティングされている傾向が最も強い時代であること
■ マイノリティに関する研究も、実はマイノリティの中でも多数派についての研究であること(不平等は平等に作られていないこと)
などなど、ジェンダーについて興味のない人にも、自分の身近な環境に照らして何か気づきが生まれるようなテーマ設定を心がけています。
最後に、私のジェンダーの授業で紹介している、二つのDEIの捉え方を紹介します。
people's fight for self-determination:フェミニズムは女性のためではなくて、自己決定のためのみんなの闘いである。
DEIの活動は、男性だって名誉男性だって女性だってノンバイナリーだって、誰でもそれそれが自分の選択したい道を選べるようにするための活動であるという考え方です。個に合わせてカスタマイズしやすいデジタル領域と相性がいいな~と私は思っています。
“21st-century discrimination”—a subtle and stubborn bias, often unconscious but still damaging:21世紀の差別は、微妙でしつこいバイアスで、多くの場合は無意識だが、それでもダメージがあるもの
“The Exceptions, Nancy Hopkins, MIT, and the Fight for Women in Science”
16人の女性科学者がMITという有名大学における差別について闘った2023年に出版された本から引用した、現代の差別の定義です。
日々のマイクロアグレッション(自覚なき差別的な態度)によって、「異質」な存在からの声をinvisibleのまま放置すると、社会にとって必要な変化が生まれないことになってしまうと考えています。
ジェンダーを入口に、DEIを広げて、もっと生きやすい社会を娘に引き継ぎたいなと思います。