【書店×AI】棚貸し事業スタート!IT企業ならではのエッセンスを加えたくて……
freee社内の有志メンバーが、透明書店を舞台に実務・実験をおこなうプロジェクト「くらげ会」。さまざまなスキルを持つプロフェッショナルが集い、通常業務の傍ら、書店の現場で試行錯誤を重ねています。そんなくらげ会での体験談を紹介する連載『freeeの現場奮闘記』。今回は、2024年5月からスタートした棚貸し事業にフォーカスを当てます。
代表の岩見と、立ち上げ時からAI領域を担当してきたチェン(オフィスネーム)が登場。スモールビジネスの現場で得た気づきを赤裸々に話します。 今回も、聞き手はライターの安岡晴香さんです。
コンセプトは「独立したい系書店」。みんなの挑戦を後押ししたい
―4月から、「棚貸し事業」がスタートしました。そこで今日は、始めるにあたって苦労したこと、気づいたことなどをお伺いしていきます。
岩見:
はい、お話したいことがたくさんあります。まず、そもそも棚貸しって何? という読者の方も多いかもしれませんね。端的に言うと、希望者に「棚主」になってもらい、書店の棚の一区画で、売りたい書籍を並べてもらうという業態です。販売時のレジ対応は書店側で行います。一般的に、書店は棚主さんから、棚のレンタル料金と売上手数料をいただきます。透明書店でも、棚レンタル料と売上の10%を頂戴する予定です。
最近、このスキームを取り入れた書店が増えています。「シェア型書店」という言葉でメディアで紹介されることもありますね。
―たしかに、テレビの特集でも見たことがあります。透明書店はなぜ、棚貸し事業を始めようと思ったのでしょうか?
岩見:
理由は大きくわけて2つあります。
ひとつは、透明書店のコンセプトを体現できる取り組みだと思ったからです。当店は開店時から、「スモールビジネスに関わる人が、ちょっとした刺激をもらえる場所でありたい」と言い続けてきました。もっと言えば、透明書店から新しいスモールビジネスが生まれていく流れができたらいいなと思っています。これまでも、選書やフェア、イベントなどでそのコンセプトを伝えてきましたが、もっと直接的に、何かお店を始めたい、本屋をやってみたいという人たちを後押ししたいと思うようになって。棚貸しを始めれば、チャレンジの場を提供できるし、同じような思いを持った人同士がつながるきっかけも作れます。スモールビジネスへの最初の一歩を後押しできると考え、決断しました。
岩見:
もうひとつの理由は、赤裸々な話になりますが、経営面です。透明書店は当初、書籍、物販、イベントの3つで事業計画を立て、売り上げを作ってきました。ただ開始早々、この3つだけだとなかなか黒字化が難しいという現実に直面。そこで、オンラインショップ、飲食事業を始めたのですが、もう一歩積み上げないと黒字化にはまだ遠いというところで、スペースレンタル事業を開始したんです。透明書店の左奥にある小部屋を法人向けに貸して、ポップアップストアや撮影などの用途で活用していただければと思ったのですが、なかなか問い合わせが少なく……。安定的な収益が得られず、「このスペースをどうしよう?」と考えた結果、個人向けのレンタルを始めようと思い立ちました。それで、今書店界隈の中で盛り上がりを見せている棚貸しという選択肢にたどり着いたわけです。
―なるほど。今回の棚貸しのコンセプトは「独立したい系書店」だと聞いています。
岩見:
はい。「これから自分で何かを始めたい」という独立意思がある方に限定して棚を貸し出すことにしました。棚主さんの個性が出ることも大事ですが、前提として透明書店らしさも大切にしたいと思ったからです。
―4月にプレオープンしましたが、実際に構想を始めたのはいつごろからだったのでしょうか?
岩見:
昨年の7月頃だったと思います。ちょうどその時期、資金がショートしかけていて、何か新しいことをやらないなやらないといけないなと焦っていたので。8月には古物商の許可申請を出し、10月にようやく許可が下りて実施が確定しました。そこから、レンタルスペースとして提供していた奥の部屋を改装。床や壁を塗装し、新しく棚も設置し終わったのが12月下旬です。1月から3月にかけてクラウドファンディングを実施。4月下旬にプレオープンして、5月から正式スタートというスケジュールでした。
クラウドファンディングは好調。55名から、計87万円のご支援が
―クラウドファンディングについて、詳しく聞かせてください。そもそも、なぜ支援金を集めようと思ったのですか?
岩見:
内装費が約120万円かかり、運転資金の中でまかないきれない状況でした。新たに借り入れをするか迷っていたときに、「クラウドファンディングがいいのでは」という話になったんです。実は、透明書店を始めるときも初期費用をクラウドファンディングで集めようという案がありました。改めてそれを検討し、実行したかたちです。
クラウドファンディングにはいくつかのプラットフォームがありますが、「Motion Gallery」さんを選びました。映画、文学、演劇など、文化に関わる案件がたくさん集まっていて、相性が良さそうだなと感じたからです。文章を作り込み、お世話になっている方々から応援コメントもいただいた上で、投稿しました。
―実際に公開してみて、反響はどうでしたか?
岩見:
本当にありがたいことに、最初に掲げていた「60万円」という目標は早期に達成しました。途中でストレッチゴールとして目標を120万円に変更し募集を続けた結果、最終的に集まった金額は87万3622円。支援者は55名にものぼりました。
リターンはいろいろなパターンを用意したのですが、一番反応が良かったのは、特別料金で棚主になれるプランです。当初は54棚あるうちの半分ぐらいの件数を出していましたが、あまりに人気だったので増枠しました。それもまたすぐに支援の手が挙がり、反応のよさに驚きましたね。一方で、透明書店オリジナルグッズをお返しするプランなどはあまり人気がなく、申し込みも3件ぐらいでした。プロジェクトに直結するリターンで、かつお得感があるものが求められているんだなと勉強になりました。
――約90万も集まったのは、すごいですよね。
岩見:
支援してくださった方には、感謝の気持ちでいっぱいです。金銭的な意味でももちろんですが、支援者の方からメッセージをいただけたのもすごく嬉しかった。「いつか本屋をやってみたいと思っていたので、透明書店でこういった取り組みがあるのはとても嬉しい」とか、「透明書店が好きなので、関われるのが楽しみ」とか。我々のことを知ってくれて、好感を持ってくださる方がこんなにもいるというのが伝わってきて、本当に励みになりました。また、クラウドファンディングを通して、自分の中で「なぜこの事業をやりたいのか」「どんな価値をお客様に届けたいのか」が、自然に整理されました。その意味でも、すごく意義があったなと思います。
AIの「インタビューbot」を開発中。棚主の思いを自動で記事化したい!
―棚貸しを実際に始めていくにあたっても、AIを活用するそうで。ここからは「くらげ会」でAIまわりを担当しているチェンさんにもお話をお伺いします。
―まず、チェンさんがくらげ会に入ったきっかけを教えてください。
チェン:
透明書店のオープン前のタイミングでちょうど生成AIが盛り上がったので、「透明書店でもAIを活用できないか」という話が出たんです。そこで参画し、「くらげ副店長」の開発を担当しました。
―店内入ってすぐ右に設置されている、くらげが泳いでいるモニターですね。
はい。キーボードに文章を打ち込むと、書店の在庫からおすすめ本を教えてくれたり、雑談をしてくれたりします。多くのお客さまが、会話を楽しんでくれているようで、開発者として嬉しく思いますね。まだまだ開発途中で育っている段階ですが。
―このたび、棚貸し事業でくらげ副店長とは異なるAIを取り入れるということですが、どういった内容になるのでしょう?
チェン:
インタビューと記事作成を行う「インタビューbot」を作ります。棚主さんの個性を自動で記事化して、広く発信していきたいからです。きっかけは、クラウドファンディングの支援者の方からご要望があったこと。今回の棚貸しに期待することを聞いてみたら「自分の棚の魅力をわかりやすく発信してほしい」という声が多くあがったんです。そこで、AIを使ったインタビューbotで、棚主さんたちの魅力を引き出そうという話になりました。
岩見:
透明書店はオープン当時から「テック系本屋」として、テクノロジーを取り入れてきました。棚の魅力を発信する方法は他にもあると思いますが、できればテック系のエッセンスを取り入れたくて、チェンさんにご相談したんです。
―現時点で、インタビューbotの開発はどのくらい進んでいるのですか?
チェン:
まだ試作段階です。先日、開発中のインタビューbotを使って棚主さんに取材を受けていただくユーザーレビューを行いました。なかなか評判が良かったので、社内でも数名に使ってもらって、機能のブラッシュアップをしています。
チェン:
現段階でも、インタビューbotが作る記事は結構しっかりしていて面白いんですよ。AIは「特定ジャンルの深い話をする」のに長けています。今回のユーザーレビューでは、狛犬に詳しくて複数書籍も出している棚主さんに取材を受けてもらったのですが、AIの強みがよく発揮されていました。狛犬っていわゆるニッチな分野なので、一般的な取材者が詳しく話を広げていくのは難しいと思うのですが、AIなら大量の情報を持っているので、どんどん話が膨らみます。
―なるほど。
チェン:
実際に今回ユーザーレビューを引き受けてくださったお客様は、「そうそうそう」「詳しく知っているね」とテンションが上がっているご様子でしたね。映画でも、文学でも、テクノロジーでも、特定のジャンルでコアな話を展開するなら、人間よりAIの方が優れているなと手応えを感じます。
一方で課題点として、AIは「引き出す」のが苦手です。インタビューでは、相手が何か言い淀んだときにうまく引き出したり、うまく言語化できない思いを探っていくことが重要だと思うのですが、現状のAIは、取材相手の「思ってるけど言葉では出てこない」みたいな思いを引き出すことはできません。棚主の皆さん一人ひとりの魅力を余すことなく引き出せるよう、AIを育てなくてはと思っています。
岩見:
棚主さんの思いをうまく記事に落とし込めるようになったら、「note」などのプラットフォームを使って棚ごとの魅力を発信する予定です。早く実現するように、チェンさんを中心に、改良を重ねていきます。
―楽しみにしています。チェンさんは、くらげ会に参加してみていかがでしたか。
チェン:
まず、昨年の3月という早い段階で、ChatGPTを使ったプロジェクトを経験させてもらえたのはありがたかったです。今でこそどの企業も当たり前にChatGPTを取り入れていますが、当時はまだ一握りの企業しか取り組んでいない状況だったので。「freeeとして」ではなく「透明書店として」できたから、ハードルなく動けたのかなと思っています。おかげで早いうちからChatGPTの感覚がつかめて、普段の業務でも役に立っています。これからも頑張ります。
―楽しみにしています! では最後に、再び岩見さんにお伺いします。棚貸し事業全体を踏まえて、今抱いている課題はありますか。
岩見:
やってみて感じているのは、オペレーション面の難しさです。現状は棚ごとの在庫をスプレッドシートで管理していますが、件数が多くなったら煩雑になると思いますね。他にもっといい管理方法がないか模索しています。
また、商品が売れたときに棚主さんにどう連絡するのかも検討中です。他のお店だと、売れた瞬間に自動でメールが飛ぶシステムを用意しているケースもあるようですが、今の透明書店の規模感では、なかなかそういう仕組みを整えるのは難しいので……。メールでお知らせするのか、オンライン上でコミュニティ的なものを作って日報のようなかたちで報告していくのか。そういう細かい部分で、考えるべきことが多々あります。
―もし「棚貸しを始めようか」と検討している書店さんにシェアできる知見があれば、教えてください。
岩見:
まだまだ知見と呼べるようなものはないのですが、棚貸しのコンセプトを決めるのは、すごく良いことなのかなと思っています。棚貸しは、「書店としてのカラーがわかりにくくなる」とネガティブに語られることもあるんです。でも「ここはこういう本屋だから、こういうテーマにする」といったように、書店側からコンセプトを掲げれば、ブレがないのかなと感じます。
―ありがとうございます。今後の盛り上がりに、期待しています。
岩見:
オペレーション面が確立できたら、棚主を追加募集する予定です。興味がある方は、透明書店からのお知らせを定期的にチェックしてくださいね!
棚貸し関連の詳しい情報は、公式Xで発信中!フォローをお待ちしています。
お知らせ:note無料メンバーシップ「透明書店バックヤード」
透明書店をもっと身近に感じてもらくて、書店経営の裏話を語る無料のメンバーシップ『透明書店バックヤード』を開設いたしました!「参加する」ボタンを押すだけで、無料で気軽にメンバーになることができます。
記事では盛り込みきれなかった、書店経営の裏側を不定期Podcastでお届けします。まるでバックヤード(従業員控え室)でくりひろげられるような愉快な内緒ばなしを、ぜひお楽しみください。