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書店の棚づくり。数千冊の本を選ぶ基準は「迷ったら小さい方」

本屋に並ぶ、数千冊の本。一体どうやって選ばれるんでしょうか?
書店の開店を追いかける「透明書店準備号」8話目では、本屋の本業である「選書」についてお話しします。

スモールビジネスをもっと知るため、自ら書店をつくることになったfreee。「透明書店はテクノロジーの実験場でもある」。ここで得られた結果をもとに確度の高いプロダクトを展開していきたい。前回は、その一歩として動き出したAIプロジェクトについてご紹介しました
前回までの記事一覧はこちら

以降はライターの中前結花さんに取材していただきました。


PCにて本を探している様子

透明書店に並ぶのは、どんな本?

オープンの近づいたある日。
「ついに工事が始まったんですよ」「いよいよですね」とお話ししながら、いつものfreeeの会議室に通していただきました。

今日は、岡田さん、岩見さん、そして店長の遠井さんに集まってもらっています。
伺うのは、透明書店に並ぶ3,000冊の本のことです。

——目標であった3,000冊をすべて選び終えたと、伺いました。

遠井: 
そうなんです。今後、品切れなどで微調整が必要になる可能性はありますが、「これを置きたい」「これを初期在庫として頼むぞ」というものは、一旦すべて選び切りました。もう発注も、始めているんですよ。

——おお、そこまで来たんですね。お疲れさまです。選書の作業は昨年から手をつけられていたように記憶しています。

岩見:
そうですね。選書のコンセプトや、それに紐づいた15種類のカテゴリを決めたのが、去年の10月頃だったように思います。
そこからは、店長の遠井さんが中心となって選定を進めてくれました。

遠井:
実際に一冊一冊選び始めたのは、昨年末ですかね。

選書作業中の店長遠井

——それはずいぶん長い道のりでしたね。もともと、この「3,000冊」という冊数はどのように決めたものなんですか?

岡田:
22坪の広さだと最大で6,000冊ぐらい置けるということがわかって。徐々に増えていくことも考慮しつつ、初期投資を抑える意味でも、「ひとまず半分の3,000冊で始めよう」と決めたんです。

審査を経て、株式会社トーハンさんに出版取次(書籍の仕入れ、配送、代金の請求・回収を行ってくれます)をお願いできることになったんですが、小さな出版社や個人の活動も応援したいので、トーハンさんにお断りを入れた上で、3,000冊のうち1,000冊は直接取引や他の取次代行などで仕入れる予定です。

——なるほど、そういった構成なんですね。しっかりと目的や意志も感じます。

岩見:
並べる本自体が、透明書店の「表現」であり「発信」だと思うので。議論もずいぶん重ねて、いま考えられるいちばんいい形にできたかなと思いますね。

選んだ本の一覧

迷ったら「小さい方」を選ぶ

——これが、最初に決められた15のカテゴリーですね。freeeさんが会社として届けたいブランド体験「自由」や「自然体」の他に、「偏愛」なんてものが入っているのもおもしろいですね。

岩見:
そうですね。「偏愛」や「透明」「蔵前」なんていうのは、透明書店ならではの味わい、ちょっとしたスパイスになっているかと思います。
決め方としては、岡田さんと経営合宿をしていたときに、まずは「どんな本を置きたいか」というシンプルな発想で、思いつくままにキーワードを並べていくところから始めました。
「ちょっとビジネスに寄りすぎているかな?」「本屋としてのおもしろさ、奥行きを出すにはどうしたらいいだろう」なんて話をしながら、取捨選択、調整をして、最終的にこの15個にまとまったという感じです。

——この15個のカテゴリをつなぐ、「大前提」「テーマ」のようなものはあるんでしょうか?

岡田:
それはやっぱり、透明書店の意義でもある「スモールビジネスに関わる人に、ちょっとしたインスピレーションを与えられる」ということですね。もちろん、インスピレーションというのは、実務の知識だけではなくて、「こんな考え方もあるのか」「こんな世界もあるのか」という発見から得られることもあるでしょうし、その形は漫画や小説、エッセイ……とどんなものでもアリだと考えています。

——なるほど。一見バラバラに見える15カテゴリ/3,000冊でも、共通しているのは、そこなんですね。ちょっと意地悪なことを聞いてしまいますが、逆に「こんな本はやめておこうね」なんてお話もされましたか?

岡田:
ははは(笑)。具体的に「この本はだめ!」という話をしたわけではないですけど、たとえば「これをしなければ、あなたはまずい!」みたいな、不安を煽られてしまうような本はちょっと違うのかな、とぼくは考えていました。遠井さん、どうですか?

遠井:
うん、そうですね。お客さんにプレッシャーはあまり与えたくないので(笑)。前向きになれる、頑張ろうと思えるような場所にしたいですからね。そこは同じようなことを考えていたと思います。

選書作業中の岩見

岩見:
あとは、「迷ったら小さい方を選ぶ」という判断軸を設けていたりもして、ぼくはこれがすごく透明書店らしくて大事だなと思っていましたね。
どちらを置こうか?と2冊で迷ってしまったら、業界の規模が小さいものやニッチなテーマを選ぶ。「答え」のような総論を書いているものよりも、「こんな考え方もあるんじゃないか」と提案をくれるようなものを選ぶ、といった具合です。

——はああ。それも「らしい」考え方で、とてもおもしろいですね。

岡田:
それから、15カテゴリにもう一つ「スモールビジネス業種別」という項目を設けています。農業・宿泊業・広告・漁業・コンサルタント……と40以上の業種を並べて、それらにまつわる本も一通り「読んでほしいな」と思ったものを揃えました。
ただそれについても「この仕事に就くには」といった実務本というよりは、その職業に就く人物を主人公にしたフィクションや、その業界の人ならではの視座で語られている本を選んでいるんです。手に取ってくれたお客さんに、「こんな世界もあるんだな」「世界って広いんだな」と感じてもらえるとうれしいですね。

選書は「ブクログ」で!

プレゼンの様子

——3,000冊を選ばれた基準については、よくわかりました。では具体的にそれらの本はどのように探して、どのように情報を溜めていかれたんでしょうか? Excelに一行ずつ足していくような?

遠井:
ブクログ」ってWeb本棚サービスはご存じですか?

——はい、読書記録に活用していますが……もしかして、ブクログに候補の書籍を溜めていかれたんですか?

遠井:
そうなんですよ。カテゴリ分けやタグ付けもできるので、「どのカテゴリの本をどれだけ選んだか」も一目瞭然ですし、何より書影を見ながら溜めていくことができるので、並べたときのイメージがわかりやすく、気分が上がりましたね。

実際に選書で用いたブクログの画面

——なるほど、思いも寄らぬおもしろい活用法でした。では1冊1冊、気になる本をブクログに並べていかれて。

遠井:
はい、長いときだと1日に6〜7時間はやっていました。没頭できる作業なんです。もちろん知っている本に加えて、検索したり、レビューを見たり、実際に触れてみたりしながら、たくさんの情報を集めて選んでいきました。

岡田:
基本的には遠井さんにお願いしつつ、ぼくも自分の本棚にあるものや、書店に出向いたりして見つけたものを、毎日少しずつ追加させてもらって。それがすごく楽しかったんですよね。

説明する岡田

岩見:
「保留」というカテゴリに、まだ1,101冊の本が入っているんです(笑)。それぐらいの数を集めて、擦り合わせて、最終的にみんなで決定していく、という作業だったんですけど、そこに「苦痛」のようなものはなくって。

——みなさんが楽しみながら選書されていたことが、なんだかよく伝わってきます。
ちなみに、選ぶものの多くは、タイトルや帯や装丁から中身を想像するわけですよね。その想像する力は、やはりやればやるほどに鍛えられていきましたか?

遠井: 
そう……思いたいですけどね(笑)。ただ実感したのは、いい本って「やっぱり装丁が魅力的なんだなあ」ということと、「タイトル自体に、ちゃんと力があるんだな」ということでした。そそられる感じがしっかりとあるんですよ。読みたい、って心から思わされるような。
ですから、「スモールビジネスに関わる人に、ちょっとしたインスピレーションを与えられる」ということともう一つ、「ぼくたち自身も読みたい本」ということは3,000冊に共通して言えると思います。

話を聴く遠井

選書は「本の大喜利」かも

——オープン時のラインナップについて、「選ぶ」という工程はひとまず完了されましたが、これから「並べる」という作業が待っていますよね。

岡田:
そうですね。同じ本でも「どこに置くのか」「どんな本の隣に置くのか」によって、おもしろく感じたり、逆に埋もれさせてしまったり、ということが起こると思うんですよ。「この棚に置くからこそ、輝く」「この並びだからこそ、書店としての主張が生まれる」みたいなことがある。
どんな本を揃えているか、も大事ですが、それをどんなふうに並べるかについても、やっぱり「表現」で「発信」なんですよね。

——少々ネタバレになってしまいますが、「たとえばこんな並べ方」というこだわった一例をうかがってもいいですか?

岡田:
たとえば、「透明」というカテゴリの棚には『ドラえもん大全集』の1巻を並べているんですけど、これは、ひみつ道具の「透明マント」が始めて出てくる回が含まれているからなんですよね。他にも「スモール」という棚には「スモールライト」が出てくる回を忍ばせていたりします。そんな、「隠れドラ」が店内にたくさんあるんです(笑)。

話を聞く岡田

——はははは(笑)。気づいたとき、「そういうわけだったのか!」とちょっと感動してしまうかもしれませんね。なるほど、「どんな本か × どこに置くのか」は遊びやメッセージになり得るんですね。

岡田:
そういう意味では、「この棚に、どんな本を置くか」ってちょっと大喜利に近いところもあるかもしれませんね。カテゴリというお題に対して、どんな遊びやメッセージを考えられるのか、というその飛躍を楽しむようなところもありますし。

岩見:
そうですね。だから「こんな本はどうだろう」ってみんなで提案しあうのが、あんなに楽しかったんでしょうね。

笑顔を見せる岩見

——実際に棚の並びを見ることが、ますます楽しみになってきました。オープン後も、本選びや棚作りは続きますもんね。

遠井:
はい。新しく仕入れた本をどこに置くのかといったことはもちろん、オープン時に並べた本も、たとえば「映画になります」「書評で取り上げられました」なんていう、世の中の状況次第でその本に対するお客さんの目や注目度が変わってきたりもしますし。
今後絶えず、「このカテゴリで、この本はどうですか?」という提案をずっとずっと続けていくんだと思います。それぞれの本が輝くような棚作りをすることが、店長のぼくにとっていちばん大事な仕事だと思うので。

真剣な表情でPCを見つめる遠井

——透明書店の本棚の前に立つ日が、とっても待ち遠しいです。どうもありがとうございました。(まだまだ準備号は続きますが、「透明書店」は既にオープンしていますので、ぜひ足を運んで実際の本棚を見てみてくださいね!)

選書会議メンバーの様子

次回の記事では、工事中の現場から「透明」をコンセプトにした内装のお話 や、オープン前後のドタバタをお届けします。お楽しみに。

◆中前結花:ライター・エッセイスト。下北沢の書店巡りを日課にしている。著書にエッセイ集『好きよ、トウモロコシ。』(hayaoki books)など。
撮影:藤原慶  デザイン:Samon inc. 編集:株式会社ツドイ


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