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スモールビジネスの街、蔵前。「ここで本屋を開きたい!」と思える物件を見つけました

連載「透明書店準備号」4話目は、内見を繰り返し、ようやく決まった物件のお話。なぜ「蔵前」という土地を選んだのか、どのようにして「ここだ!」と思える物件に出会うことができたのか。
お店の物件選びの参考にもなれば幸いです。

以下、取材・執筆の担当はライターの中前結花さんです。

スモールビジネスをもっと知るため、自ら書店をつくることになったfreee。  前回の記事では、「透明書店」という店名にこめられたコンセプトや、それを実現するための事業計画の作り方についてお話ししました。
前回までの連載はこちら

取材を受ける岡田と岩見

今日はいつもと違う場所に来ています。
蔵前駅から程近い、静かで落ち着いた通りです。到着した岡田さんと岩見さんが、「ここなんですよ」と言いながら、すぐそばの白いシャッターをガラガラと開けてくれました。

中は、ぽっかりと飾り気のない空間が広がっていて、岩見さんのお顔がいちだんときらきらとして見えるほど。

「おおお……ここで一から内装を?」
「そうなんです、昭和42年(1967年)に建てられたということなので、手はかかりそうですね。施工費がまかなえない部分はDIYするしかないんですけど、実はそれもちょっと楽しみにしてるんですよ」

なるほど……! この場所の楽しさ、おもしろみを徐々にわたしも理解し始めるのでした。

「都内」なのか、「地方」なのか。

——まずこの物件にたどり着くまでのお話ですが、「どこでお店を開くか」については、どんなことから考えられたのでしょうか?

岡田:
いちばん最初に考えたのは、「都内でやるのか、地方でやるのか」ということでしたね。もちろん都内は家賃が高いですが、その分、来客数も見込める。一方、地方であれば家賃が低くて、来客数は減るでしょうが、その土地の特色を活かしたおもしろい企画もできるかもしれない。どちらにもそれぞれの魅力がありました。

岩見:
ただ、地方で開いてしまうと、ぼくたち二人も含めてfreeeのスタッフが気軽に行けなくなってしまうんですよね。そうすると、この店を開く意味がどうも損なわれてしまう気もして。いろんな部署の人が気軽に来られて、いろんな体験ができる場所にしたかったんです。ですから、あれこれ考えた結果、「やはり都内に絞りましょうか」と。

顎に手をそえ考えごとをする岩見

——なるほど。そのような前段の検討があったんですね。そこから、都内で良いところを探し始めた。

岡田:
そうですね。当初、「いっそ、freeeのオフィスの中にお店を作ってしまう」なんて案も出たんですけど、それじゃあfreeeの力を借りすぎているし、オフィス街である大崎に構えるイメージは、やっぱり湧きませんでした。

岩見:
イメージが膨らむ、というのはやっぱり大切で、そこからはぼくたちが「ワクワクする!」と思える場所を考えてみよう、と。そこでキーワードとして出てきたのが「商店街」です。

——ああ、たしかに商店街のあるような街はいいですね。「街の書店」として機能できるような。

岡田:
戸越銀座や武蔵小山、谷中銀座……。昔ながらの商店街がある場所について、まずは調べるようになったんです。するとそういう街って、やっぱりスモールビジネスが活気づいてるんですよね。

岩見:
そしてもう一つが、商店街という感じではないけれど、清澄白河や蔵前みたいに小さい規模の人気店が点在していて、新しい血が入っているようなエリア。こちらも当然、スモールビジネスにぴったりだと考えました。
その二つの方向性で、広く探してみることにしたんです。

スカイツリー
川辺に立つ岡田と岩見

家賃が高い。高すぎる。

——都内の物件をリサーチし始めたのはいつ頃ですか?

岡田:
岩見さんが個人的に調べてくれていたのが、去年の6月ぐらい。本格的に動き出したのは夏頃だったと思います。ただ、とにかく家賃がどこも厳しくて話にならなかったんですよ(笑)。理想は、坪単価1万円で20坪以上ぐらいあれば……なんて考えてたんですけど、坪単価が2万円以上の物件ばっかりで。

岩見:
何を基準にしているかというと、事業計画で出した売り上げの見込みから、「家賃はこの坪単価に抑えなければいけない」というのが見えてきていたんです。さすがに、2倍や3倍の価格は払えないなあ、と。
「幡ヶ谷(渋谷区北部の人気エリア)がいいんじゃないか!」なんて言ってた時期もありましたが、家賃がまったく見合いませんでした。良さそうな街の物件で家賃を払えるものとなると、商店街からずいぶん外れた、ずっと使われてない寂れた戸建ての物件だったりして。頭を抱える日々が3、4か月ほど続きましたね。

岡田:
めちゃくちゃ色々みてましたよね。

岩見:
結局トータルで言うと…内見に行ったのは20件。それ以前に目星をつけてリスト化していた物件は50件で、一次検討含めて目を通した物件は1000件以上あると思います。

——1,000件以上…土地代も上がってきたタイミングですし、大変ですね。外せなかった条件は、家賃以外にもありましたか?

岡田:
「いずれ軽飲食も」と考えていたので、軽飲食可能な店舗物件であることも条件だったんです。だけど、それもまた数を削る要素になってしまって。物販だけならいいよっていう物件は結構出てくるんですけどね。

岩見:
あとは、日当たり良すぎると本が日焼けする、という事情もあって。内見するときには、そこもチェックするようにしていました。

——実際に内見には、どのぐらい足を運ばれたんですか?

岩見:
ぼくは20件ぐらい見に行きましたね。岡田さんとも10件くらい見に行きました。そうしているうちに、徐々にエリアが絞られてきて、本所吾妻橋(川を挟んだ蔵前の隣)と池尻、桜新町あたりが候補としてずっと残っていました。

蔵前周辺を歩く岩見と岡田

本当の目当ては別の物件だった

——そうして、蔵前の物件にたどり着いたのはいつ頃だったんでしょうか?

岡田:
昨年の10月ぐらいだったと思います。物件が決まらないと、内装のイメージも考えることができない、本の冊数も検討できない……とあって、さすがにそろそろ決めたいな、というタイミングでした。

岩見:
実は、すぐ近くの別の本所吾妻橋というエリアに、「ここ、いいんじゃないか……」という目当ての物件があったんですよね。そこに内見に行きたかったので、「じゃあ同日に蔵前のこの物件もちょっと見てみるか」という具合だったんです。午前に蔵前、午後に本所吾妻橋という予定を組んで。

物件の電気をつけようとする岩見と岡田

——本当のお目当ては、午後の本所吾妻橋だった?

岡田:
ぼくは完全にそうでしたね(笑)。だけど、見てみたら蔵前の物件も「あれ…意外といいのか……?」と思ったりして。「なんか良さげじゃん」「ここもいいじゃん」とは言いました。でも、とにかく次行くとこが気になってたんでね(笑)。

——はははは(笑)。ちょっと、気もそぞろだったんですね。

岩見:
蔵前は、「写真で見るより、うんと良いな!」というのが、ぼくの感想ではあったんですけどね。建物が4階建てで、2階や3階の窓に赤い手すりがついていたので、写真を見たときは「これは赤すぎるだろ!」って思ってたんです(笑)。
だけど実際に見てみたら、程よいエイジングで、意外とアクセントとして可愛いなと。中身は、想像した通り結構古かったのですが、それも楽しめるかもなあ、とちょっと思ったんです。

物件で説明する岩見と話を聞く岡田と中前

——岩見さんは蔵前に気持ちが傾きはじめていて、岡田さんは気もそぞろだった。同じ物件を見ていたのに、おもしろい対比ですね(笑)。

岡田:
でも、午後の物件も見たあと改めて考えると、ぼくも蔵前の物件がすごく良かった気がしてきたんですよ(笑)。駅から近くて、奥へ奥へと入り込んでいけるような縦長の間取りも悪くない。
それに、これまで2階や3階の店舗を見ることが多かったんですが、蔵前は1階で道路に面していて、シャッター前のスペースも活用できる、と。オープンな店が作りやすいんじゃないか、と考えると理想的にも思えてきて。

工事前の状態

岩見:
建物が古い分、22坪で税別30万5000円と蔵前の駅近物件にしては、金額も安かったんですよね。最初に予定していた坪単価1万円とはいきませんが、この頃にはぼくたちも相場を理解し始めていたので。

岡田:
それに蔵前は、freeeのユーザーインタビューでも何度か訪れたことがあったんです。店舗系のスモールビジネスが増えていて、歩くのが楽しい街というポジティブな印象がずっとあったので。「やっぱり、蔵前でやりたいな」という気持ちが徐々に徐々に強くなってきましたね。

交渉人・岩見さんのお仕事

編集部注:以降の情報は、物件オーナーさん及び不動産会社さんの許可を得て開示しています。

——そこからすぐに、契約を申し込まれたんですか?

岡田:

打診をして、そこから審査と、岩見さんによる家賃交渉が始まりました(笑)。

岩見:
他の希望者からの申し込みも何件かあって、自分達が何番手かわからない、先に決められてしまうかもしれない……という状態ではあったんですが。内装がかなり古い部分も多かったので、ここの修理は自分たちでやる代わりに、家賃に反映できないか…みたいな交渉をしました。結果、2.5万も安くしていただくことができたんですよね。本当に感謝しています……。

通りを見つめる岩見

—すごい。そんなこともできるんですね。

岩見:
もちろんケースバイケースだと思います。使える金額が決まっているので、固定費は少しでも減らさねば……の一心でなんとかお願いしましたね。
そうは言いつつも、審査の時期もあり、11月まではずっと「仮」の状態だったのでドキドキはずっと続いていて。
内装に関しても、エアコンと割れているガラスだけはオーナーさん負担で修理してもらえるように交渉をして、その他は我々側でやる代わりに、現状回復の費用はなしでいいということになりました。ようやく話がまとまった頃には、11月末になっていましたね。

——決まったときは、どのようなご心境でしたか?

岡田:
ようやく決まった、次に動き出せる! という感じで。あんまりぼくたち、そういうタイプではないんですけど「おおおお!」「よしっ!!」って声がちょっと出ましたね(笑)

岩見:
たしかに(笑)。本当に長かったので、「よしっ!!」と思わずこぼれるような。ホッとしましたね。嬉しかったです。

電気をつけようとする岩見

スモールビジネスが息づく「蔵前」だから

——この場所、蔵前だからこそ、期待されていることはありますか?

岡田:
やっぱり蔵前という街自体に、スモールビジネスを始めている人たちがたくさんいるということですかね。まさに、ぼくたちが書店に来てほしい!と思っているような方々が集まっている場所なので、まずは近場のみなさんに足を運んでもらえるようにしたいですね。

岩見:
そうですね。まずは近くの人に愛されることを目指して。街の本屋さんとしても機能しつつ、ビジネスをやっている人たちにインスピレーションも与えられるような場所になると理想かな。

それに、Nui. HOSTELやダンデライオン・チョコレート……感度の高いお客さんに愛されるようなセンスのいい素敵なお店もたくさんある街なので。そういうお店をお目当てに街歩きに来た人に足を運んでもらえるようになることが次のステップ。ゆくゆくは「透明書店」が街歩きをしたい人や観光のお客さんの目的地になれると幸せですよね。蔵前という街全体を盛り上げたいです。

川沿いの遊歩道を歩く岡田と岩見

——お店同士のコラボ、なんてこともあるかもしれないですね。

岡田:
やりたいですね。店舗同士、お互いの何かを置き合ったり。以前にも話していたような、テクノロジーを活用した便利な仕組みを一緒に使ったり。いろんな形でご一緒できるとうれしいなと思っています。

——「透明書店」が、そういったおもしろい流れの起点になれるといいですね。

岡田:
うん、そうですね。蔵前はそういった可能性がたくさん転がっている街だと思うので。

岩見:
やっぱりそれは、認識としても広がっていて。「透明書店」のコンセプトを話したあとに「で、どこにお店を出すの?」と聞かれて「蔵前です」と答えると、「ああ」ってすぐに納得してもらえるんですよね。
蔵前の持つ街の魅力と我々がやりたいことが本当に合致しているんだと思います。小さい規模だけど個性の光るおもしろいお店が集まっていて、それがちゃんと根づいて、活気付いている街だと、しっかり認識され始めている。

岡田:
「なんでそこを選んだの?」と聞かれたり説明するコストが必要ないんですよね。時間はかかりましたけど、本当にいい街、いい物件にたどり着けたなと思っています。

笑顔の岡田

——この白いシャッターも開けたり閉めたりしているうちに、どんどん愛着が湧いてきそうですね。

岩見:
そうですね。またここから目まぐるしく変化していくと思うので。「あそこから始まったんだなあ」と何度でも振り返れるように、今のうちに、このガランとした状態も目に焼き付けておきたいと思います。

物件のシャッターを閉めようとする岩見と岡田

——普段は落ち着いたお二人の、興奮や安堵が伝わってきて、ますます完成が待ち遠しくなってきました。次回、この場所に来たときの変化も楽しみにしておきます!

次の記事では、ついに「透明書店」3人目のメンバーが登場します。書店の店長は、一体どんな人…?

◆中前結花
ライター・エッセイスト。下北沢の書店巡りを日課にしている。著書にエッセイ集『好きよ、トウモロコシ。』(hayaoki books)など。
撮影:藤原慶 デザイン:Samon inc. 編集:株式会社ツドイ


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