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透明書店の店長の決め手は「ちょっと話が長かった」こと

連載「透明書店準備号」5話目では、透明書店の店長・遠井さんをご紹介します。freeeとの出会いから、書店ではじめて働くこと。そして大好きな本についても、たっぷり語っていただきました。

スモールビジネスをもっと知るため、自ら書店をつくることになったfreee。前回は中でも時間がかかった物件探しについてお話ししました。50を超える物件を検討し、ようやく蔵前の一室へと辿り着いたのでした。
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以降の取材・執筆は、ライターの中前結花さんです。


いつもの会議室にお邪魔していますが、今日は岡田さん、岩見さんの他に、もうおひとり。

「こちらが、遠井さんです」
「ああ! はじめまして」

実はおふたりから、店長として透明書店で働いてもらう人を探しているんです、いい人と出会うことができたんです、とお話には聞いていました。
この人が、その店長さん。

「トオイです、よろしくお願いします」

そんなわけで、今日はお三方にお話しいただきます。

取材を受ける遠井と岩見と岡田
遠井大輔(写真右端)2005年よりトオイダイスケ名義にて音楽家として活動。コロナ禍を経てライブ活動を休止したのち、この春から透明書店の店長として働くことに。本がとにかく大好き。

「一緒に働きたい人」の条件

——遠井さんは透明書店の店長として、freeeの子会社の「透明書店株式会社」に入社される、ということでいいんでしょうか?

岡田:
はい、その通りです。子会社3人目のメンバーですね。すでに開店に向けて本の選書に協力いただいたり、他店で研修を受けてもらったりしています。

——そうなんですね。なんでも、これまで書店での勤務経験は無いとうかがいました。

遠井:
はい。ぼくはずっと音楽をやっていまして、書店に関しては、今ゼロから学んでいるところなんです。

岩見:
ベーシストなんですよ。

——ベーシスト!

遠井:
まったく違う畑で活動していたんですが、本や書店はすごく好きで、ずっと憧れのようなものがありました。

受け答えをする遠井
透明書店 店長の遠井さん 

——「書店で働いた経験はないけれど、本が大好き」というのは、みなさんに共通しているところですね。「いい人と出会うことができた」とはうかがっていましたが、岡田さんと岩見さんが考えていた、「一緒に働きたい、いい人」というのは、具体的にはどういうところがポイントだったのでしょうか?

岡田:
これは、全然冗談とかではなくて、いちばんは「信用できそうな人」です(笑)。

笑顔の岡田

——はははは(笑)。そうですね、冗談ではなく真実だと思います。

遠井:
信用してもらえてよかったです(笑)。

岡田:
だって、普段freeeでプロダクトマネージャーの採用面接を担当することはありますけど、書店員の面接はしたことないですし、ましてや店長だなんて。
どこを見ればいいかすごく難しくて、ひとまずの指針は「信用できそうか」ということだな、と(笑)。
だけど、もうひとつ明確に大事にしていたことはあって、それは「本が好き」ということです。一方で書店勤務の経験は問わないことにしました。

岩見:
そこはかなり議論したんです。ぼくたち2人に経験がないので、店長になってもらう方は長く書店で勤務されていた方がいいんじゃないか、とか。でも、新鮮な驚きやいろんな躓き(つまずき)、素朴な疑問や課題感なんかをぼくらと共有したり、発信したりするには、もしかすると経験のない方のほうがいいのかもしれないと思い直したんですよ。
その上で、やっぱり本が好きで、いつかは本屋をやってみたいと思っているような人がいたらいいなと。

手振りをつけ質問に答える岩見

岡田:
そうですね、そこがすごく大事だと思いました。

岩見:
だけどそんなドンピシャな人っているんだろうか、と。それで探してみたら、遠井さんがいたんですよ。

遠井さんが見つけた「ひみつの求人」

——みなさんにとって、すごく良いご縁だったということが伝わってきます。出会いは、どなたかのご紹介でしょうか?

岡田:
実は、透明書店を立ち上げるにあたって、下北沢の独立系書店「本屋B&B」の運営をされている会社、numabooksさんにたまに相談していたんです。それで、代表の内沼晋太郎さんに「どなたかいい人いませんかね」と聞いてみたんですよ。

顎に手を当てている岡田

——なるほど。それで内沼さんがおすすめされたのが、遠井さんだったということですか?

岩見:
いえ、内沼さんがFacebookにそっと投稿してくださったんです、「ひみつの求人」って(笑)。

求める人物像:とにかく本が好き、自分で本屋をやってみたかった、新しいことが好き、人前に出るのが嫌いじゃない
投稿されたひみつの求人

——「詳細までは明かさない&限定公開=ひみつ」というわけですね(笑)。そこに、この「求める人物像」が書かれていたと。これに、遠井さんはピン!ときたということでしょうか。

遠井:
そうですね(笑)。もともと内沼さんとは面識があって、ぼくが音楽をやっているユニットで「B&B」のイベントに出演させてもらったり、お食事したりしていて。ですから、内沼さんが紹介されているんだし、なにかおもしろい取り組みなんだろうなという信頼があったんです。
それに長い間、個人事業主のミュージシャンという根なし草的な活動を続けてきたぼくも、そろそろ新しい環境でなにかに挑戦したいという気持ちが、ちょうど強くなり始めた頃でした。経験がなくても大好きな本に関われる仕事に就けるかもしれないと思ったんですよね。これは、乗っちゃえ!という気持ちでした。

隣を見る遠井

岡田:
それで応募してみたら、詳細を教えてもらえたってことですよね?

遠井:
そうですね。「実は、freeeという会社が——」と。

——それを聞いて、直感的にはどう思われましたか?

遠井:
freeeが会計ソフトを作っている会社だ、という漠然とした認識はあったんですけど。その会社がスモールビジネスを盛り上げるために書店を開くというのは「なんだか根っこのある、おもしろそうな取り組みだな!」と一層思ったんですよね。

ちょっと話が長いぐらい語る人

——そこからは、おふたりが「面接」のようなことをされたんでしょうか?

岩見:
そうですね、名乗り出てくださった方が何名かいらしたので、お話はさせてもらいました。
それとは別に、選書の課題を出していただいていたので、遠井さんとはその課題を見ながら、1度オンラインで話しましたよね。

遠井:
そうですね、カテゴリごとに5冊ずつ本を選ぶという課題をいただいて取り組みました。
没頭できて、すごく楽しかったんですよ。それで、オンラインでお話させてもらったときに、ぼくが選書のなかに含めた本を、岡田さんが「おもしろそうなんで読みましたよ」って触れてくださって。

岩見に返事をする遠井

——おお。それは、何の本だったんでしょうか?

遠井:
マシュー・ホンゴルツ・ヘトリングの『リバタリアンが社会実験してみた町の話』という本でした。リバタリアン(自由至上主義者)たちを描いたノンフィクションなんですが、「おもしろそうだ」と興味を抱くものが近いのかな?とうれしく思ったのを覚えています。

岡田:
リバタリアンたちが理想の町をつくろうとした結果、クマがいっぱい出てくる話で……ちょっと説明は難しいんですが(笑)、ものすごく興味深い本でしたよ。

本に目を通す岡田

岩見:
「自由」というキーワードで遠井さんが選んだ1冊だったんです。おもしろいですよね。
我々からのお願いとしては、本を選んでタイトルを書いていただくだけで良かったんですけど、遠井さんはそれぞれのテーマに対して「こういう捉え方をしたので、こういう考えのもと選びました」という背景までしっかり書いてくださってたんですよ。そこも、思考のプロセスがよくわかって、すごくいいなと思いました。

笑顔で説明する岩見

岡田:
あくまでも、これはいい意味なんですが...遠井さんとお話しした時、ちょっと話が長い人だな、と思ったんですよ(笑)。自分勝手というより、話し始めると止まらない、という感じで。自分の好きなものやこだわりについて、ずっと話すことができる。そんな独自の世界観をしっかり持っていることが、本屋の店長には大切だと思いました。

——たしかに、スモールビジネスの担い手としては大事かもしれませんね。では、そのまますぐに入社の打診をされたのでしょうか?

岩見:
そうですね。話し合った結果、「遠井さんにお願いしたいよね」と。こんな早く決めちゃっていいものなんだろうか?という不安もあったんですけど、これ以上いい方に巡り会える気もしませんでしたし、遠井さんのお気持ちが変わっちゃってもいけないので。

岡田:
すごくスムーズに話がまとまって。恵まれているなあ、と感じましたね。

取材を受ける岡田

やっぱり、みんな本が好き。

——そんな「本が好き」という共通点でつながっているお三方に、今日はそれぞれ「お好きな本を持ってきてください」とお願いしました。
岡田さんから、うかがってもいいでしょうか?

岡田:
はい。ぼくは子どもの頃からずっと読書には親しんできたんですけど、活字をこんなにおもしろく読むようになったきっかけは、星新一作品だったと思います。ショートショートの魅力にどっぷりハマりましたね。

岡田の自著0メートルの旅の書影

岡田:
そしてこれは自著なんですけど、章によって紙の素材を変えたり表記を変えたりできることも、本を作ってみて初めて知ったことでした。
開いたときに、最初になにを見せるのか、どんな色にするのか……。もうそこから体験の提供って始まっているんだ!ってことを考えると、「本って、絶対に紙で読んだ方がいいな」「体験として、作者が届けたいものを少しでも多く受け取れるな」というのが、作り手に回ってみて、改めて思いました。

説明する岡田

——岩見さんのお気に入りは、どんな本でしょうか?

岩見:
ぼくが持ってきたのは、先ほどもお話に出てきたnumabooksの内沼さんが書かれた『これからの本屋読本』という本です。これから本屋をやりたい人のために、どうやれば実現できるのかを細かに書いてあって、これをぼくらは教科書的に読んでから、今回いろいろ始めたんですよね。
ほかにも都内で独立系書店をやっている方の本は、参考のために一通り読ませてもらったと思います。

何冊かの本を手に取る岩見

岩見:
西荻窪にある独立系書店「Title」で購入したのは、『いいお店の作り方』。俺のための本じゃないか!と思わず手に取りましたね。本棚のどこに目が行くかで、自分が今なにを欲しているのかが本当によくわかりますよね。

笑顔で自分の「好きな本」を開く岩見

——最後に、遠井さんのご本もお願いします。

遠井:
これは福島県のいわき市在住の作家・安東量子さんという方が書かれたエッセイ『スティーブ&ボニー』です。アメリカで開かれた原子力に関する会議に参加したときの旅行記のようなもので、シリアスなテーマなのに、そのときの心のやり取りがハートウォーミングに描かれていて、すごく楽しいんですよ。当事者でありながら、冷静さを持って発信できる方だなといつも拝見しています。

自分の「好きな本」を指差し説明する遠井

遠井:
それからこの古い本は、吉田健一 の『道端』。45年前に出されたものなんです。晩年は、句読点を使わずに改行もないような長い文章をずっと書かれていた人で、読むのがすごくしんどいんですよ。でも慣れると気持ちよくなってきちゃうんですよね。自然と呼吸を深くして、ゆっくり読んでいるんです。 この人の作品でなければ味わえない魅力のある書き手ですね。

本を開いて見せる遠井とそれを見る岩見
本アップ

——三者三様、いろんな角度からセレクトいただきましたが、みなさん本のこととなると、お話が止まらなくて、どんどん引き込まれてしまいます……! お店での、お客さまとの楽しいやり取りが想像できて、なんだかわたしもうれしくなってしまいました。

笑う岩見

街の空気ともつながりながら

——岡田さんと岩見さんは、これからの遠井さんにどんなことを期待されていますか?

岡田:
未経験者だからこその縛られない発想を大切に、一緒にいろいろ自由に、トライアンドエラーを繰り返して楽しんでいただけたらうれしいですね。

岩見:
あとは、ちょっとスパイス的な話になりますが、遠井さんにはミュージシャンとして音楽のルーツもありますから、そこと本とか本屋との掛け合わせでなにか価値が生まれたりすると、より遠井さんにお願いした意味が深まるんじゃないかな、と期待しています。

談笑する遠井と岩見と岡田

——店内には、どんなBGMが流れるのか……それもちょっと楽しみになってしまいますね。遠井さんは、これから透明書店をどんな場にしていきたいと考えられていますか?

遠井:
1月末から研修も兼ねて他の書店で働かせてもらってるんですが、やっぱり毎日届く本を「どの棚に差し込もうか」「どんな文脈でお客さんに見ていただこうか」と考えるのがすごく楽しいんですよね。
ですから、棚づくりにもこだわりながら、訪れた人がインスピレーションを得られたり、ワクワクできたりするような空気感をしっかり作ることができれば、と思っています。
ぼくがこれから立つことになる、レジカウンターは見通しが良くて、外の通りがよく見えるんですよ。お客さんの出入りはもちろんですが、お店の前を通りかかる人や街の空気ともつながりながら、風通しのいいお店を作っていきたいですね。今はなにもかもが楽しみなんです。

岡田遠井岩見が並んでいる

——頼れる仲間が増えて、ますます準備も勢いづいてきました。お三方の本への愛情をたっぷりと感じられるような「透明書店」の完成がますます楽しみです!まだまだnoteでの準備レポートは続きますが、実店舗は今週4/21(金)にオープンします。ぜひ足を運んでみてください!

次回の記事では、岡田さんと岩見さんも下北沢の「B&B」に出向き、実際の書店であれこれと学びます。はたして、透明書店にどんなふうに活かされるのでしょうか……!?

◆中前結花
ライター・エッセイスト。下北沢の書店巡りを日課にしている。著書にエッセイ集『好きよ、トウモロコシ。』(hayaoki books)など。
撮影:持田薫 藤原慶 デザイン:Samon inc. 編集:株式会社ツドイ


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