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会計ソフトの会社「freee」が、東京・蔵前で小さな本屋をはじめます

2023年4月。わたしたちfreeeは、東京台東区の蔵前という街で、小さな本屋をはじめます。
その名も「透明書店」ちょっと、ふしぎな名前ですよね。

ロゴはクラゲです。

なぜ、クラウドサービスを運営するfreeeが、本屋をはじめるのか。なぜ従業員数1,000人を超えたいま、新たな子会社を作り、スモールビジネスを始めるのか……。
今日からスタートする特集『freeeが書店をつくります』では、このふしぎな本屋で起こる出来事を、第三者の視点から見つめ、リアルに記録・発信してもらいます。

以降はご自身も本に囲まれて生活をしているという、ライターの中前結花さんに取材していただきました。


はじめて訪れる、freeeのオフィス。
ここは、ビルが立ち並ぶオフィス街・大崎にそびえ立つ、タワービルの21階です。
東京タワーの見える大きな窓と、あたたかなランプたちに照らされた木目の床を、ちょっと惚れ惚れと眺めてしまいます。

今日は、2022年の初夏からその本屋作りに取り組んでいる、お二人にお話をうかがいます。本屋巡りと読書を趣味にされている岡田悠さんと、前職では空間プロデュースのお仕事をされていて、ご自身も建築好きという岩見俊介さんです。

なぜ、freeeがスモールビジネスに挑戦するのか。

freeeブランドマネージャー・岡田悠さん

——今日は、聞きたいことが山のようにあるんです。春から、店舗を持って「本屋さん」を始められると。freeeさんは会計や労務、販売管理など、さまざまなクラウドサービスを開発・運営されているIT企業ですよね。

岡田:
そうですね。ぼく自身も、つい最近までプロダクトマネージャーとして新しいプロダクトの立ち上げなどを担当していました。

——それが、4月には蔵前でお店を開かれる。

岩見:
はい。苦労して探していましたが、ようやく不動産を決めて、内装について話すところまで来ましたね。

——まずお聞きしたいのは、なぜいま、freeeさんが「在庫を持ってお店の運営」を始められるのか、というところでした。無形のサービスで成功され、上場。1,000人以上のスタッフの方が働かれていますよね。

岡田:
一つは、そこに課題意識があるからなんです。freeeは「スモールビジネスを、世界の主役に。」というビジョンを掲げています。煩雑なバックオフィス作業を「ただ効率化しましょう」というサービスの提供ではなく、経営をもっと自由で楽しい行為にしたい、と考えているんですよ。

——わたしも一昨年独立したとき、freeeさんの会計ソフトを導入させてもらいました。

岡田:
おお、ありがとうございます。まさに個人事業主の方やスモールビジネスの方には、どんどん活用いただきたいと思っているんです。
ぼくが入社した頃のfreeeは、まだ30人ほどの組織で、自分たちも「スモールビジネス」ど真ん中の規模でした。その頃は、バックオフィスの専任担当者もおらず、メンバーが兼任する形で対応していたんです。うちもfreeeのソフトを使って自社の管理をしていますから、お客さまの痛みや課題を自ら体験することができた。僕自身も、会社の給与計算を自分で行なうことで、プロダクト開発に役立てたりしていました。ところが、freeeが成長していくなかで少しずつそういうことができなくなって。そこに危機感を持つようになったんです。

——なるほど。成長されていくほどに、ユーザーとfreeeの状況に乖離が生まれてきてしまったんですね。

岡田:
そうなんです。上場も経て、コンプライアンスも厳しくなりましたから、経理をいろんなメンバーが手伝ってみて、サービスに活かすことは難しくなりました。
もちろん、ユーザーヒアリングを積極的に行うなど、そのギャップを埋めるようには努力してきました。ですが、「スモールビジネスって素晴らしいんだ」「スモールビジネスを増やしたい」と言っておきながら、会社の規模や状況が制約になって、実感をもって体験することができていない……。これは、「自分たちで、もう一度その環境を作らなければいけないんじゃないか」と思うようになったんです。

——それでは、改めて「お客さんの気持ちを知るために」店舗の運営を一から始めてみる、ということでしょうか。

岡田:
そうですね。お客さんと同じ立場で同じように自社商品を使う体験をしたい、より良いものにしていきたい、というのが一つです。

「透明」にするのは、なぜ?

——さらに他にも目的があるのでしょうか?

岡田:
透明書店では、日々の出来事や経営状況を名前の通り「透明」に可視化して、発信していきたいんですよ。「スモールビジネスってこんなふうに始めるんだ」「小さいことはこんなに自由でおもしろいんだ」と知ってもらいたい。

岩見:
参考にもなるし、刺激にもなる。「スモールビジネスをやりたい」と少しでも思っている人の背中を押すことができるような存在になりたいんですよね。

——自分たちでスモールビジネスを体現しながら、その状況をつまびらかに発信していくことで、スモールビジネスというものを盛り上げたい、ということなんですね。

岡田:
そうなんです。そもそもプロジェクトの検討当初は、「スモールビジネスを応援するメディアを立ち上げる」といったことも検討していたんです。実際、ぼくたちの所属するブランドチームでは、これまでもスモールビジネスを描いた映画を作ったり、ニッチで尖ったスモールビジネスをまとめた本を作ったり、さまざまな「スモールビジネスを盛り上げる」ための試みを続けてきました。
だけど、まだ足りていないんじゃないか。自分たちでやってみたら、発信内容にも、もっと説得力が出てくるのでは。そう思って、次は自分たち自身がスモールビジネスをやってみることになったんです。

岩見:
実はぼくは、今回のプロジェクトが立ち上がったタイミングで、freeeに入社したんですよ。話を聞いたときはびっくりしました。ただ「そこまでの気概でスモールビジネスをやるのか」と、本気度をすごくおもしろく感じたんですよね。

そこに「本気」はあるんか。

freeeブランドプロデューサー・岩見さん

——「本気度」という言葉が出てきました。お店の運営を始めるには、たしかに不動産や在庫、働く人も用意しなければならない。大変なコストがかかると思います。ですが、freeeのような大きな企業にとっては、たとえ結果的に経営がうまくいかなくてもそれほど大きな痛手ではないんじゃないだろうか? と思うのも正直なところです……。そこについてはいかがでしょうか?

岡田:
まさに、そこが一番悩んだポイントでした。freeeに在籍するぼくたちがお店を始めたところで、それははたして「スモールビジネス」なのか。お客さんと同じような体験をして、発信することができるのか。
それに、「たとえ仮にお店が倒産しても、ぼくらにはfreeeがあるから大丈夫」という状態。これって気持ちの上でも本気のビジネスとして成立しているのか、もっとみなさんリスクを背負ってやってるんじゃないか、みたいな議論はかなりしましたね。実際にぼくが会社を退職して、自ら出資して店作りをすることも本気で考えていたぐらいなんですよ。
もちろん、ぼくはやりたくてやろうとしていたんですけど、ただそれをしてしまうと、一人が背負いすぎる形になってしまって。企業としてあまりにも健全ではないので(笑)。

——たしかに……。

岩見:
それじゃあ追い込みすぎていますよね(笑)。議論の末、freeeの100%出資という形で、本屋のための新しい子会社を作ることにしたんです。この子会社で、スモールビジネスだけで黒字化を目指していきます。
たしかに「本気で」ではあるんですけれど、ぼくたちが考える「スモールビジネス」は、全部が全部「生きるか、死ぬか」といったものではなくてもいいなと。それこそが今回のプロジェクトの目的でもあるんですけど、普通に企業に勤めている人が、副業的に自分でビジネスを始めてみる。本屋にチャレンジしてみる。そういう世界観の示し方もあるんじゃないかな、と。上場企業がゆえの制約もあり、子会社化するしかなかったというのが事実ではありますが、今はそういう価値も感じています。

——資金については、どうなっているのでしょうか?

岡田:
子会社の限られた資金の中で、すべてやりくりしていきます。子会社でもfreeeのサービスは利用しますが、利用料も普通に払うんですよ。デモアカウントを無料で使うということはしない。それだとリアルじゃないから、一ユーザーとしてちゃんと払うんです。
そうやって、体験してみてわかることがいろいろありました。たとえば、親会社の経理の人にもアカウントが見えている状態で運営していく必要があるので、アカウントに3人以上招待しなくちゃいけないんですよ。そうすると、追加で月300円を払わなきゃいけないんです。これがいざ、利用してみると意外と重みを感じますね。我々のサービスであるにも関わらず、です……。

岩見:
要は、その数百円が「普通に辛いな……」って思っちゃったんですよね(笑)。

——はははは(笑)。リアルな経営者の声ですね。

岡田:
そういった、本当に細かいところまでお金のやりくりを詰める。そうすることで、気づけることもたくさんあるなと。これは、いかにリアルなスモールビジネスに近づけられるか、というところの挑戦だとも思っています。

岩見:
物件にしても、仲介料をかけずに借りられる方法をあれこれと模索したり、家賃がいちばん大きな固定費になるので「ここの修繕は自分たちでやるから、その分ちょっと安くなりませんか」とオーナーさんに相談したり。資金が足りなくなると、お店を運営することもできなくなるので。自分事として、ぼくたちなりにかなり力を尽くしていますね。
今の時点でも「全然、足りねえなあ……」と頭を抱えている状況なんですけどね(笑)。

なぜ、いま「本屋」なのか。

——そこまでリアルを徹底されているということなんですね。ということは、「実店舗を持つ」「在庫を持つ」というのはあえてのことだと思うのですが、どうしてそれが「本屋」だったのでしょうか?

岡田:
飲食や雑貨店も候補でしたが、わりと自然に「本屋」にたどり着きました。今、大型書店さんの閉店が相次いでいたりもして、後ろ向きなニュースも多い業界だと思うんです。だけど、よくよく見てみると「独立系書店」と呼ばれる小さなお店は増えてきているんですよね。そういった小さなお店は、Amazonや大手書店さんとはまた違った本との出会いを提供することで、人気を博しているんです。

——たしかに、わたしも下北沢や高円寺の店舗によく出向きます。それぞれの棚にも個性があって、すごくおもしろいですよね。

岡田:
そうなんです。一年に何万冊と本が出版される中で、みんなが同じベストセラーを並べるんじゃなく、オーナーや店主が、それぞれお店の世界観や伝えたい文脈の中で売りたい本を並べていますよね。自分たちの表現によってお客さんを集めている。それって、ぼくらの目指している「かっこいいスモールビジネス」の姿にすごく近いんですよ。小さいからこそできること、小さいからこそ楽しい、の実現じゃないですか。
しがらみが少なく、「いい!」と思うことをそのままビジネスとして表現できる。そういうビジネスが増えれば、世の中が多様になってもっとおもしろくなると思うんですよ。本屋こそ、伝えたい「スモールビジネスのおもしろさ」を象徴できるものなんじゃないか、と考えたんです。

——freeeが掲げる「小さいはおもしろい」ということが伝わりやすい業態、ということなんですね。

岡田:
「透明書店」では、特にスモールビジネスの参考や刺激になるような書籍を多く並べようと思っているんですよ。

岩見 :
「スモール」「オープン」「透明」といったキーワードをいくつか決めて、それに紐づいた本をどんどん挙げて選書していくということをみんなでやってるんですが、これがとにかく楽しい(笑)。ちょっと大喜利的な連想ゲームのようで。

岡田:
選書してるうちに、「こんな本あるんだ」という出会いが本当にたくさんありますね。ただ、そのとき「この本が売れるかどうか」っていう視点での議論は一切しませんでした。純粋にどんな本を並べたいのかっていう「want=自分たちがほしいもの」という視点を大切にしていたんです。もちろん売らなければいけないんですけど、自分たちの世界観を表現した空間を作るということを、まずは優先して考えているのが今はすごく新鮮ですね。

——お店に置きたいもの、手にとってほしい文脈でまずは棚づくりを考えてみている、ということなんですね。

岩見:
そうですね。そもそも「いいと思うことを突き詰めると、世の中もっとおもしろくなる」というのが、freeeの考え方なんです。今回、ぼくらは本が好きで本屋が好きで、そういう場所を持つことに価値を感じてるので。それをとにかく体現していきたいですよね。
そういう価値観でセレクトしたものを並べる予定ですし、もちろん本が中心だけど、ゆくゆくは、たとえばスモールビジネスのオーナー同士や、未来の起業仲間との出会いまで得られる場にできると最高だなと思っています。

——「本屋だからこそ」のおもしろみは、他にもありますか?

岩見:
調べていくと、本屋ってまだまだアナログで商品を管理されていることが本当に多くて、本屋向けのサービスっていうのも全然ないんですよね。そういったところを、テクノロジーの力で変えてみたい、というのもありますね。

岡田:
特に専用のレジを導入できない小さな店舗だと、本に挟まっているあの紙(スリップ)を抜いて、あとから集計することで、何が売れたか把握するらしいんですよ。エコの流れでスリップが減ってからは、売れた本をその場でスマホ撮影したり、メモするしかないらしくて……。
そういった細かな不便や、昔から引き継がれているちょっと面倒な作業がもっとおもしろくなる!みたいなところにも挑戦できたらいいなと思っているんです。エンジニアと一緒に新しい実験機能やテクノロジーなどを色々持ち込んでみたい。そうすることで、新しい本屋の形、新しいスモールビジネスの経営の形を探していきたいんです。
さらに、そうやって開発したシステムをいろんな本屋さんで使っていただくことができたりすれば、一番嬉しいですね。興味がある企業さんもどんどん参加いただいて、一緒に何かできたら幸せです。ぜひご連絡ください!

覚悟を持って、公開していく。

——「場」としては、どんな構想がありますか?

岡田:
ぼく自身、本屋っていう空間が大好きで、すごくおもしろいなと思っています。たとえば、本に囲まれて、会議やブレストをしたらどれだけ盛り上がるだろうとか、本屋に泊まれたら楽しいな、とかいろいろと想像しちゃうんですよね。本屋っていうリアルな場所、空間を生かして、イベントや新しい試みもできればと考えています。
「こういう使い方もあるんだ」という提案ができれば、それもまたスモールビジネスの参考になると思いますので、たくさんのことに挑戦していきたいですね。

岩見:
新しいことを始めたい人や、自分のやりたいことを生業にしたいと考えている人にとって、透明書店が「きっかけ」になってくれたら、それ以上嬉しいことはないですね。インスピレーションで溢れる場所になればいいなと思っています。

——経営としては、いかがでしょうか?

岡田:
実は、事業計画を書いたんですけど、現時点では……しばらく赤字予想なんですよ。

——なんと……え、それは大丈夫なんでしょうか?

岩見:
もちろん経営を黒字化することを目標にシビアに見てはいるんですが、「透明」というコンセプトを表現する上で、どうしても譲れない部分がたくさん出てきてしまって。ただ、今後も成長や変化の余地はたくさんあって、そこも苦しみつつ楽しめたらと思っています。 それが、オープン前の現時点での所感ですね……。

岡田:
半年後、めちゃくちゃ暗い顔してるかもしれないですしね(笑)。「あのときは、あんなこと言ってましたけど、ごめんなさい」って。

岩見:
ドキュメンタリー風ではなくて、本当の「ドキュメンタリー」なので。たとえば半年後に、岡田さんとぼくの仲がめちゃくちゃ険悪になっていることもあるかもしれない(笑)。まったくわからないんですよね。

——スモールビジネスを推奨していく立場ではありますが、最悪の場合、失敗してしまうこともあるかもしれない。それも見せていく、そういうことですよね。

岡田:
そうです。今後、月々の売上や経費もこのnoteで公開していきますし、その先で失敗したら素直に「失敗しました」と伝えます。なんで失敗したのかとか、どこが甘かったのか、そういったことも全部公開していく。それもまたリアルで価値があることだと考えているんですよ。

岩見:
結果も含めて、またみなさんの考える材料になれば。もちろんそうならないように、ぼくらも必死で本気で頑張っていくので。今日から「透明書店」の発信をぜひ見守っていただければと思います。

——「透明書店」、ここまで正直だと一層応援したくなりますね。オープンまでの準備、そしてオープン後も何度もお邪魔して取材させていただきますので、どうぞよろしくお願いします!

次の記事では、会社設立の手続きについてご紹介しています。手続きに向かったのは、五反田の雑居ビルで…?

◆取材・執筆:中前結花
ライター・エッセイスト。下北沢の書店巡りを日課にしている。著書にエッセイ集『好きよ、トウモロコシ。』(hayaoki books)など。

撮影:藤原慶 デザイン:Samon inc. 編集:株式会社ツドイ


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