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本を売るだけじゃ書店は回らない。命綱の「書店イベント」を徹底解剖【売上は全体の約2割】

東京・蔵前にある「透明書店」。2023年4月に開店して以来、さまざまなイベントを実施しています。イベントは、店舗経営における重要な収益軸。その反面、集客に苦戦したり、企画に労力がかかったり……何かと悩みが尽きないのもリアルなところ。今回は、透明書店の代表を務める岩見俊介が、イベントコーディネーターの川内イオさんと一緒に、書店イベントの意義やコツについて考えていきます。聞き手は、ライターの安岡晴香さんです。


笑顔で会話する川内イオさんと岩見
川内イオさん(写真左)/稀人ハンター
1979年生まれ。ジャンルを問わず「世界を明るく照らす稀な人」を追う稀人ハンターとして取材、執筆、編集、企画、イベントコーディネートなどを行う。2006年から10年までバルセロナ在住。全国に散らばる稀人に光を当て、多彩な生き方や働き方を世に広く伝えることで「誰もが個性きらめく稀人になれる社会」を目指す。この目標を実現するために、2023年3月より、「稀人ハンタースクール」開校。全国に散らばる27人の一期生とともに、稀人の発掘を加速させる。近著に『稀食満面 そこにしかない「食の可能性」を巡る旅』(主婦の友社)。

9ヶ月で計28回、累計売上約136万円。書店イベントのリアル

―川内イオさんにご登場いただく前に、まずは透明書店におけるイベントの基本情報を教えてください。

岩見:
2023年4月〜12月までの実施回数は、計28回でした。頻度は月によってまちまちです。月ごとの売上データを、見ていただきましょう。

イベント売上金額の月次推移グラフ
全体におけるパーセンテージグラフ
全体売上¥7,835,198|イベント売上¥1,366,102|売上構成比17%

岩見:
イベントは、売上におけるインパクトはもちろんですが、特に利益率の観点で重要なものです。書籍を売った場合、書店が受け取れる利益は、一般的に本体価格の2割ほどしかありません。一方でイベントは、出演料や人件費などはかかるものの、7〜8割の利益率を目指せます。それもあって、できるだけ実施回数を増やすことに注力しています。

顎に手を当てて考え事をする岩見

―具体的に、どんな内容のイベントをやっているのですか?

岩見:
基本的には、スモールビジネスを応援する企画を実施しています。単発のものもあれば、シリーズ化しているものもありますよ。

●透明書店で開催しているイベントのご紹介

・素敵な本屋のつづけ方
「紙の本が売れない」といわれる昨今、どうすれば本屋を続けていくことができるのかを考えるイベントです。 私たちが考える「素敵な本屋さん」をお招きし、ヒントをもらっています。

・蔵前のスモールビジネスと透明書店
蔵前で持続的、かつ面白くビジネスをするため、ご近所のお店の方に相談するイベントです。新たなスモールビジネスが生まれるキッカケや、新しいことを始めたい人たちの繋がりを作っていければと思っています。

・稀人たちのエピソードゼロ
気鋭のスモールビジネスを展開する「稀人」をお招きし、ビジネスのはじまりである“エピソードゼロ”を深掘りする企画です。

・透明書店句会・歌会
本屋の落ち着いた空間の中で、俳句・短歌を楽しんでいただける企画です。歌会は毎月第2木曜に、句会は第4木曜に定期開催しています。

・新刊記念イベント
透明書店で取り扱っている新刊を取り上げたトークイベント。スモールビジネスに関するヒントやインスピレーションになるような、魅力的な本や著者との出会いを作ります。

岩見:
ちなみに計28回の中で、特にチケットが売れたイベントは以下の通りでした。

イベント集客ランキングTOP5・チケット枚数ランキンググラフ

―こう見ると、相当バラエティ豊かですね。企画を考えるのが大変そう……。

岩見:
そうなんです。本当は収益のために毎月6〜8回は開催したいのですが、さまざまな業務がある中で、企画作りになかなか手が回らなくて。「イベント企画を一緒にできる人がいたらいいな」と思うようになり、「稀人ハンター」として活躍されている川内イオさんにお声掛けしました。

イオさんは『ウルトラニッチ』という本を出されていて、スモールビジネスをしている人たちに強い共感をお持ちです。イオさんに頼めば、透明書店の価値観にマッチした企画にたどり着けそうだと思って、協力をお願いしました。

取材中笑顔を見せる岩見

―なるほど。では、ここからは川内さんをお招きします。

川内:
よろしくお願いします。

岩見:
イオさん、今日はお時間を作ってくれてありがとうございます。スモールビジネスに取り組んでいる方のヒントにもなるよう、いろいろなトピックで聞いていきたいと思います。

まず、透明書店のイベント企画に入ってくださって半年ほど経ちますが、手応えはいかがですか?

川内:
すごく面白いです。先ほど紹介いただいたように、僕は元々、スモールビジネスをしている人たちが大好きなんですよ。普段から、本や記事を書くために取材をしています。ただ、文字媒体という形式だと、読者に伝えられる分量がどうしても限られてしまう。それに写真や言葉だけでは、どうしても魅力がつかみにくいものなので、もどかしさを感じていました。

川内さん横顔

岩見:
なるほど。

川内:
「生の声で話を聞いてもらうのが一番刺さるのに」とずっと思っていたところに、岩見さんからのご依頼がありました。イベントという方法でスモールビジネスをしている人たちにフォーカスできるのは、個人的にすごくうれしいことです。

SNS集客は、直前1週間が勝負。粘り強く何度も投稿を

岩見:
まず、集客について聞きたいです。透明書店がある蔵前というエリアは、人通りが多いわけではないので、人を集める難しさを日々感じています。

川内:
たしかに蔵前って、おしゃれなカフェや雑貨屋が増えて注目されているものの、落ち着いた街ですよね。僕自身もそうだけど、普段なかなか行かないし、何かのついでに寄る場所でもない。

岩見:
ですよね。オンラインは別として、リアルでやる場合、どうやったらここまで足を運んでもらえるんだろう。何か打開策はありますか?

川内:
難しいですが、落ち着いた雰囲気を逆手に取れるといいと思うんですよね。透明書店の収容人数は、MAXでも30名ほど。スモールな場所だからこそ生まれる、濃密な空気というのを感じます。そこにひとつ、蔵前でやるからこその価値があるかなとは思います。

取材に答える川内さん

岩見:
たしかに距離感がすごく近くて、参加者同士が仲良くなりやすかったり、登壇者に話しかけやすかったりというメリットはあると思います。本に囲まれた温かな雰囲気を伝えられたら、参加の動機になりそうですね。

となると見直したいのは、SNSでの告知です。僕らはまだまだ、発信力がありません。XやInstagramで定期的に同じ内容を投稿して、できるだけお客様の目に触れるように地道に取り組んでいます。

川内:
粘り強く何度も投稿するのは、大事なことだと思います。イベントのチケットが告知した途端に売れるのは、よっぽど人気がある企画のみ。だいたいは、直前になるにつれて売れるスピードが上がっていきます。イベントまでの1週間が勝負という感触があります。

岩見:
なるほど。

川内:
イベントの存在自体を知ってもらうためにも、ギリギリまで諦めず、繰り返し投稿していくしかないですよね。あとは、近隣住民へのアプローチも効果的かもしれません。せっかく、蔵前のスモールビジネスをテーマに話を聞いていくシリーズもあるので。チラシを持って配るなど、アナログな告知を試してみるのもいいのではないでしょうか。

壁に掲示したイベントフライヤー

イベント内容を通してお店のカラーを伝える

岩見:
企画を練る中でよく思うのが「そもそも店舗がイベントをやる意義ってなんだろう」という疑問です。イオさんは、どんなふうにお考えですか。店舗認知のためにやるのか、売り上げのためにやるのか。もちろん両方大事だとは思うのですが。

川内:
まだまだ新しいお店なので「面白いことやってる書店だな」と認識されることが、一番大事だと思います。「書店を始めた」と発信したところでお客様はなかなか来てくれませんが、ユニークなイベントを継続的に仕掛けていけば「面白い書店が蔵前にある」くらいには認識してもらえる。これがまず、すごく重要なことだと思うんです。

取材中の川内さん

岩見:
たしかに。

川内:
「スモールビジネスを応援している」という透明書店ならではのカラーを、お客様に伝えていければ理想ですよね。

もちろん、売り上げに貢献するのも大事だと思います。これは目的というより、使命だと思っています。イベントがある日は営業時間を短くしてもらっているので、企画をする側としてはそれだけの価値を産み落としたいです。

岩見:
書店のカラーを伝えつつ、売上にもつなげるのが一番ですね。新しいお客様にも届くように、頑張ります。

川内さんとの対談で笑顔を見せる岩見

「イベントのデフレ」が加速中。現場に来るというハードル

岩見:
僕がもっとも頭を悩ませているのは「企画をどう立てるのか」です。半年以上やってきたけれど、やっぱり難しい……。イオさんは、普段どんなことを考えて発想していますか。

川内:
すごいベタなこと言ったら有名な方を呼べばいいのですが、そう簡単にはいかないですよね。だったら、自分にとって興味がある内容を練るのがいいと思いますよ。映画が好きだから映画のイベントをやるとか、何でもいいと思うので。そのほうが、アイデアが湧くものです。

ちなみに僕の経験上、鉄板で人が集まるのは飲食がテーマのイベント。興味がある人が多いし、イベント内でちょっとした体験を提供できるのがミソなんです。

手振りをつけて説明する川内さん

岩見:
そういえば以前、「伊良コーラ」を立ち上げたコーラ小林さんをお招きしたイベントをしましたね。参加した皆さまに実際にクラフトコーラを楽しんでもらったのが、好評でした。

川内:
ここ数年、リアルイベントというものの前提が大きく変わっています。オンラインイベントが普及したことで、リアルイベントの価値が急激に落ちていると思うんですよ。「わざわざ現場に行って聞くほどなのか」を、シビアに判断されてしまう。お風呂上がりにパジャマを着て、ビールを飲みながら参加するほうが、楽だし。

岩見:
だからこそ、クラフトコーラを飲んでもらうみたいに、現場で何らかの体験ができることが重要ですね。イベント参加のついでに本を買って欲しいとか、書店に再来するきっかけを作りたいというモチベーションもあるので、やはり店舗に来ていただけたほうが嬉しい。今後、体験重視のイベントを増やします。

川内:
ただ難しいのは、あんまり体験に振り切ると、今度はオンライン参加の満足度が下がりかねないこと。たとえばワークショップ形式だと、オンラインの人たちが置いてけぼりになってしまいますよね。

岩見との会話に笑顔で応える川内さん

岩見:
バランスをとらなくてはいけませんね。

川内:
もはや割り切って、時には教室のような形式で、複数回分のカリキュラムを売るのもアリかと思います。続き物のイベントなら、収益を上げやすいので、オンラインチケットがなくてもやっていけるかも。

岩見:
いいですね。ちょうど考えていたところでした。やっぱり1回1回企画して集客するとなると、カロリーがものすごくかかる割に、売上が少なかったりする。コストパフォーマンスを考えたとき、全3回とかにして、同じお客さんにできるだけ来てもらうのは効率的ですよね。

川内:
複数回集まることで、参加者同士が仲良くなれるのもうれしいですしね。

あとは、お客様にどんなニーズがあるのか、アンケートをとってみてもいいかもしれません。紙でもWEBでもいいから、イベント後に感想を書いてもらうんです。僕の経験では7〜8割くらいの方は書いてくれますよ。

考え事する川内さん

岩見:いいですね。「楽しんでもらえたな」という手応えはあっても、実際の満足度は未知数なので。

川内:
150点をつけてくれる方もいるかもしれないし、25点という方もいるかもしれない。それぞれの理由も含めて聞けば、かなり参考になりそうです。また、満足度だけじゃなく「もっとこういう話が聞きたかった」とか、「今度こんなイベントをやってほしい」とか、「誰を呼んでほしい」とかも聞いていく。傾向が見えれば、企画作りの大きなヒントになるはずです。

岩見:
いいですね。これからもお客様の声をもとに、透明書店らしいイベントを模索していこうと思います。

岩見と川内さんツーショット

今後も透明書店では、お客様の期待に沿うべく、さまざまなイベントを企画していきます。SNSや店頭でのリクエストもお待ちしています! イベントの詳しい情報は公式XやPeatixで発信中。ぜひチェックしてみてください。


取材・執筆:安岡晴香
ライター・編集者。広告代理店、総合出版社勤務を経て独立。ウェブや雑誌で主にインタビュー記事を担当している。
撮影:芝山健太 デザイン:Samon inc. 編集:株式会社ツドイ

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